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           写真ACより Rio 3 さんの作品

 

蛍の季節になった。蛍の飛交う姿は、TVで時々見るくらいで、実物を見たのはいつのことだろう?子供の頃、蛍を捕まえ、両掌(てのひら)で丸めた囲いの中に入れて、指の隙間から蛍の点滅する様子を見ていた。その時、草の匂いのような、仄かな良い匂いがしたことを懐かしく思い出す。

 

 

今回は、時節がら松原のぶえさんの「蛍」という曲を紹介します。

 

この曲は、私のお友達が大好きな曲で、この方が歌っているのを聞いて、初めて知り、私も好きになった。歌詞は演歌だが、メロディはどこか懐かしさを覚える演歌っぽくない曲調だ。

 

松原のぶえさんは、大分県出身、1979年 「おんなの出船」でデビューし、その年のレコード大賞新人賞を受賞、「演歌みち」「なみだの桟橋」をヒットさせ、紅白にも7回出場している実力派の演歌歌手だ。

 

 

「蛍」(2013年リリース)

松原さんはこの曲を、力を抜いて軽~く優しく歌っている。聴かせる歌い方なので聴き入ってしまう。上手いです。

  

作詞 :たかたかし  作曲 :弦 哲也  歌唱 :松原のぶえ

動画 :queen  chieko  チャンネル

 

1 はぐれ蛍が  よりそって

 しあわせて手さぐり  夢さぐり

 きれいごとでは  愛しきれない

 この人と  この人と

 命かさねて

 生きるふたりの  濁り川

 

2 抱いてください  おもいっきり

 明日(あした)のゆくえも  わからない

 夜のすき間を  こぼれて落ちて

 この人と  この人と

 身体こがして

 生きるふたりの  蛍川

 

3 水が濁った  この川に

 蛍は住めぬと  人はいう

 いいの一緒に  翔べたらいいの

 この人と  この人と

 おなじ運命(さだめ)を

 生きるふたりの  情け川 

 


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この曲「蛍」は、多くの女性歌手が、カバーしている。香西かおりさんは、この「蛍」を自分の持ち歌のようによく歌っていて、動画も多い。その中から、蛍の描写が美しい動画を紹介します。

 

この動画は、4年前にUPされたものだが、再生回数が127万回を超えている秀作だ。 出だしから香西さんならではの節回しで、香西ファンには堪らない歌唱と思う。

 


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蛍と言えば、昔読んだ宮本輝の1978年芥川賞受賞作「蛍川」を思い出した。今回本棚にあった文庫版の「蛍川」を取り出し、もう一度読んでみた。あらためて宮本輝の蛍の描写が凄いなと感心した。

 

「蛍川」は昭和30年代の富山を舞台に、一人の少年(竜夫)の成長を描いた作品だ。

 

四月に大雪が降ると、その年は蛍が大量に発生すると言い伝えがあり、その四月は大雪が降った。初夏となり、死んだ父親の友人(銀蔵)が、竜夫とその母親(千代)、それに竜夫の幼馴染で彼が思いを寄せる少女(英子)の三人を連れて、蛍が出るという川の上流に向かう。そこで四人は何万何十万もの蛍火が川の淵で静かにうねっているのを見て、金縛りになって立ちつくす。

 

それは四人が心に描いていたような華麗な景色ではなく、沈黙と死の光を放っていたのだ。

 

 <原文>※【蛍の大群は、滝壺の底に寂寞(せきばく)と舞う微生物の屍(しかばね)のように、計り知れない沈黙と死臭を孕(はら)んで光の澱(おり)と化し、天空へ天空へと光彩をぼかしながら冷たい火の粉状になって舞い上がっていた。】

 

  

竜夫は、蛍の集まる傍まで降りていこうと英子を誘うが、英子は「ここで見るだけでいい」と言う。竜夫が川のほとりに下りようとすると、英子は竜夫のベルトを掴んで「やめようよ」と言いながらもついていく。

 

<原文>【間近で見ると、蛍火は数条の波のようにゆるやかに動いていた。震えるように発光したかと思うと、力尽きるように萎(な)えていく。そのいつ果てるともない点滅の繰り返しが何万何十万と身を寄せ合って、いま切なく侘しい一塊(ひとかたまり)の生命を形づくっていた。】

 

その時、一陣の強風が木立を揺り動かし、川辺に大きな塊となって溜まっていた蛍たちを巻き上げる。光は波しぶきのように二人に降り注ぐ。

 

<原文>【英子が悲鳴を上げて身をくねらせた。「竜っちゃん、見たらいややァ~」半泣きになって、英子はスカートの裾を両手でもち上げた。そしてばたばたとあおった。「あっち向いとってェ」

 

夥(おびただ)しい光の粒が一斉にまとわりついて、それが胸元やスカートの裾から中に押し寄せてくるのだった。白い肌が光りながらぽっと浮かびあがった。竜夫は息を詰めてそんな英子を見ていた。

 

蛍の大群はざあざあと音を立てて波打った。それが蛍なのかせせらぎの音なのか竜夫にはもう区別がつかなかった。このどこから雲集してきたのか見当もつかない何万何千万もの蛍たちは、じつはいま英子の体の奥深くから絶え間なく生み出されているもののように 竜夫には思われてくるのだった。】

  

土手の上にいた銀蔵や千代の周りにも、蛍が風に吹き流されて舞っている。元芸者の千代の耳には三味線のつま弾きが聞こえ、耳をそらしてもその音は消えない。千代が立ち上がって、土手の上から川べりを覗(のぞ)き込む。

 

<原文>【千代の喉元からかすかな悲鳴がこぼれ出た。風がやみ、再び静寂の戻った窪地の底に、蛍の綾なす妖光が、人間の形で立っていた。】(了)

 

と、ここで小説は終っている。英子の体に取り付いた蛍の灯が、土手の上から見た千代の目には「静寂の中、蛍の綾なす妖光が、人間の形で立っていた。」と見えたのだ。何と言う幻想的な光景であろう。

 

この文庫の解説で水上勉が、「宮本輝は、生きの人の世をえがくに、死がいつも裏打ちになっている」と書いているが、この小説でも、※の描写があるからこらこそ、その後の蛍の怪しい美しさが、際立つのだろう。