おめでとうございます!

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謹賀新年! 新年早々本ブログにお立ち寄りいただきありがとうございます。 

 

今年のお正月は、ここ数年では一番寒く感じますが、皆様におかれましては、お正月穏やかにお過ごしでしょうか?今年も又、取り留めのない「よしなしごと」を綴っていこうと思います。宜しくお願い致します。

 

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昨年末からの「怒涛の一週間」を書こうと思ってタイプし始めたら、そう言えば二年前の年初めのブログにも同じようなことを書いたな~と思い出した。(2020年1月6日 アップ「年末年始」)

 

そしてもう一度読み直してみたら、何と今回私が書こうとしたことが、全くそのままアップされていた。毎年性懲りもなく、同じことを繰り返しているのだと我ながら呆(あき)れる。

 

今年の第一回目から、手抜きで申し訳ありませんが、今回も二年前と同じなので、そのまま手を加えず掲載します。

 

二年前の文章 「・・・暮れの12月27日から大晦日までの毎日、大掃除、買い物、正月支度と大忙しの毎日が続いた。

 

普段は、四角い部屋をまーるく掃くような掃除をしているので、暮れの大掃除となると大変である。やり始めると細かいところの汚れが目に付いて、それを一つ一つきれいにし始めると、掃除の進捗は遅々として進まずとても年内に間に合いそうもない。

 

『少しづつしておけば良かった』と反省し『来年こそはそうしよう』と誓うのであるが、今年も同じ過ちを繰り返し、目に見える範囲で省略する。それでもスッキリとしてきれいになった部屋に、鏡餅や正月飾りを付けると、清々しい気持ちで新年を迎える気分となり、私はこの瞬間が好きだ。・・・」

 

今回大掃除や、お節のちょっとした煮物の料理をしながら、考えたことがある。それは、普段の日常生活では、これをやって次にあれをやるというように、直列的な時系列に沿って、行動しているが、忙しくなると同時に並列思考で行動にしなくては間に合わなくなる。

 

居間の掃除にしても、掃除機掛け、テーブル椅子の足の埃取り、カウンターの整理、扉の桟の埃取り等、これに台所、洗面所、寝室の掃除個所も複数同時に行う。時間の空きを極力なくしローラー的に片づけていく。休みが無いので疲れる。

 

考えてみると、会社で働いていて、忙しかった頃のように、時間に追われながら沢山の事項を同時並行にこなすことは、なくなったな~と思う。

 

私なんぞは簡単な煮物を少量つくるだけだが、お節料理を自宅で作るとなると、まさに幾つかの工程を同時並行で進めなくてはならない。昔の主婦の皆さんは本当によく頑張ったものだと感心する。

 

これらの時間をターゲットにした並行的な同時思考は、認知症予防には効果がありそうだ。

 

「怒涛の一週間」は、テレビやビデオは全く見ない。疲れて眠くなって風呂に入って寝てしまう。大晦日も紅白も見ずに9時半に寝た。

 

年が明けて、元旦は娘家族が年始挨拶にやって来る。昨年はコロナの感染防止からとりやめたので、二年ぶりの来訪である。婿殿は仕事で来られず、娘と三姉妹の孫と女ばかりの四人連れだ。

 

テーブルに簡単なお節料理を並べ、玄関に赤とピンクのサンダルを並べたら、やって来た。

 

しばらく見ないうちに、三人とも又一回り大きくなった。今年長女は中学校入学、次女は3年生、三女は小学校入学だ。本当に子どもの成長は早い。爺爺バカで言わせてもらうと、長女は別嬪(べっぴん)さんになり、次女は賢そうな顔になり、三女は入学前から小学生の貫禄十分で大人っぽくなった。

 

長女の発声で乾杯、お節料理を食べながら団欒。飲み物は娘が運転なのでノンアルコールビール、長女、次女がコーラ、三女がグレープジュース。三人の好みもまちまちで、今回、お節の他にスパゲティでも作ろうかと事前に打診したら、長女がスパゲティダメで、三人同じものが好きな食べものは少ないとのこと。

 

我が家では、私の父母の代から、枝豆の浸し豆と数の子のブツ切れに薄醤油を少々加え、鰹節をたっぷりかけたものが、お節の一品だ。三女は、数の子を「たけのこ」と言いながら食べているのが可笑しかった。

 

我が家では最後にすき焼きで締めるのが恒例で。牛肉はいつも多めに用意する。娘たちは牛肉を沢山食べられるように、お節は少なめに食べようと家族で話し合っているようだが、結局のところお節でお腹がくちてしまい、すき焼きの肉は無理やり詰め込んでいる。

 

一通り食べ終わると、仏壇の私の連れ合いににお参りをして、食べきれなかった菓子類、飲み物を持って帰途につく。接待は全て私一人で取り行うので忙しい。しかし孫の笑顔や喜んでくれる姿を見れば、疲れも吹き飛ぶ。

 

彼らが帰った後、食器洗いなどの後片づけをして、連れ合いの新年の墓参りだ。去年は8時頃参ったので、水道水が凍結していたが、今年は午後だったので水が出た。

 

帰りに自宅近くのお宮さんに初詣しようと立ち寄ると、参道の鳥居の外の道路まで長蛇の列ができていた。いつも空いている時しかお参りに行かないので、こんなに多数の参拝者を見るのは始めてだ。並ぶのは大変なので、またの機会にと神社を後にする。

 

暮れの27日からここまでが私の「怒涛の一週間」だ。今回も何とか無事にやりとげることができた。

 

23:20頃、今年最初のラジオ深夜便を聞きながらスイッチを切らずに寝た。深夜2:30ころ夢の中で、気持の良い音楽が流れている。「なんて美しいピアノの調べなのだろう」と陶酔し、その聴いたことのあるメロディを眠りながら自分でもなぞっていた。

 

目覚めて、その演奏はリチャード・クレイダーマンだと気付く。リチャード・クレイダーマンの音楽は、BGM(バックグランドミュージック)として聞いていたので、メロディが分かっても題名はほとんど知らない。夜が明けて、家にあるリチャード・クレイダーマンのCDをかけて聴いてみると、どうもその曲は「愛のコンチェルト」ではないかと思った。

 

リチャード・クレイダーマンについては、またの機会に本ブログで取り上げようと思う。

 

今回は私の初夢(正式には二日の夜に見る夢だそうだが)で聞いた「リチャード・クレイダーマン 愛のコンチェルト」を貼付します。 

 


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