チームパシュート

スピードスケート団体競技チームパシュート(団体追い抜き)」について今回も取り上げます。前回と重複するところがありますが、ご容赦願います。

 

尚、今回のブログは下記ネット記事から多くを転用させてもらいました。

・NHKクローズアップ現代「新作戦で連覇をつかめ~密着パシュート大革命~」

・NHK NEWS WEB「スピードスケート女子団体パシュート日本は銀メダル」

Yahoo!ニュース 「なぜ金メダル目前で高木菜那”転倒”の悲劇が起きたのか」

 

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北京オリンピック12日目の2月15日、女子パシュート決勝に臨んだ日本チーム(高木美帆高木菜那佐藤綾乃)は、カナダチームを相手に最終周のコーナーまでは素晴らしいチームワークと滑走で、タイムは日本が若干早いペースで通過する。ゴールまで200mを切り、いよいよコーナーを回ってラストスパートというところで最後尾の高木菜那がバランスを崩して転倒してしまった。

 

結果は2位の銀メダル、平昌に続いての金メダル連覇にはならなかった。試合後、美帆は泣き崩れる姉の隣に座り、何も言わずにただ静かに寄り添っていた。菜那は、自分のミスさえなかったら、金メダルが取れたかもしれないと自分を責め、期待が大きかっただけに本人もそれに応えられず無念の気持ちが溢れ出たのであろう。

 

オリンピックのパシュートは終わったが、私は今回のオリンピックで始めてこの競技をじっくりと観戦し、隊列を組んで走るその美しい姿に魅了され、その裏には様々な戦略が隠されている奥深さを知り、興味を持つようになった。

 

1. パシュートのルール

スピードスケート団体競技で、1チーム3人で隊列を組んで、6周(男子は8周)のタイムを競う種目である。1回に2チームがホームストレートとバックストレートに分れ、号砲と同時にスタートし、チーム3人のうち最後にゴールした走者のタイムがそのチームのゴールタイムとなる。

 

従って、一人だけ早い選手がいても勝てないし、個人の記録保持者を集めても、3人のチームワークが悪く、息が合わなければ勝てない種目だ。

 

レース中の隊列の並び順、先頭交代の位置、交代回数に制限はない。レース中、時速50㎞で先頭を滑走する選手の空気抵抗は非常に大きく、体力を消耗するので、途中先頭交代をするが、この時タイムロスが生じる。

 

メンバーの実力に合わせて、周回数や順番を決めるのが戦術だ。2番手3番手の走者は前の走者にピッタリついて左右の足の動きを揃えることも、空気抵抗の削減に有効だ。日本女子チームは、3人の息の揃った完璧な隊列走行と、先頭交代による減速ロスを最小限に抑えた走行が「世界一美しい」と称されている。

 

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2. 平昌大会からの4年間

平昌オリンピックでは、日本女子は一糸乱れぬ隊列を組み、巧みな先頭交代というチームワークと個人の技術力によって、強豪オランダを決勝で破って悲願の金メダルを獲得した。

 

この大会で、2個の金メダル(「パシュート」と「マススタート」)を取った高木菜那は、しばらくは「燃え尽き症候群」で次の目標が定まらなかったそうだ。日本チームは次の北京オリンピックチームパシュートで、もう一度金メダルを取るにはどうしたらいいのか模索が始まる。

 

それまで、パシュートは空気抵抗を最大に受ける先頭を交替することが常識であったが、2年前の2月に、アメリカ男子チームが、先頭を一度も交代せずに走行する「プッシュ方式」を採用、実行し、好成績を残した。

 

先頭交代は、空気抵抗で体力を消耗する先頭を交代することにより、3人トータルの消耗を減らし、タイムアップを狙うというものだ。ただこの交代時のタイムロスが大きい。

 

そこで、交代時のタイムロスをなくすために、先頭交代する代わりに、後方の選手が前方の選手のお尻を押して先頭選手の体力消耗を減らすのがこの方式「プッシュ方式」だ。ただこの方式は、前の選手との距離が近くなり、脚が接触しやすいという諸刃の剣でもある。(選手間距離は従来の1.4mから0.8mに縮まる。)

 

その後、女子のチームもプッシュ方式を採用して成果を上げるチームが現れた。

 

日本女子チームも昨年2月プッシュ作戦への挑戦を決める。プッシュ方式は選手間距離が短くなった分、時速50㎞で滑走しながらブレードが接触しないように足を揃え、前の人を押す動作は至難の業である。

 

オリンピックまで半年を切った去年の10月、日本チームは新たな作戦「手つなぎ作戦」を考案した。それは、前の選手の腰のあたりでしっかりと手を繋いでプッシュする方式だ。これにより安定してプッシュし続けることができ、接触のリスクも減らせるメリットがある。

 

そして、去年の12月、アメリカで行われたワールドカップで更なる進化を遂げた。まずは、高木美帆が先頭でスタート、2周目から「手つなぎ作戦」、3週目に先頭を高木菜那に交代、先頭交代を1回だけにした「手つなぎハイブリッド作戦」だ。

 

残り1周の時点で、世界記録より速いペースだった。しかしここで、先頭の高木菜那が転倒する。先頭は一番空気抵抗があって、押されてより増したスピードに合うスケーティングをしなくてはならず、身体の負担が凄く大きくなる。それに菜那の足がこらえきれなくなったということらしい。

 

日本女子チームは北京五輪の直前まで試行錯誤を続けたが、新たな作戦と日本の持ち味のチームワークを融合しきれず、今シーズンのワールドカップでは一度も優勝することなくオリンピック本番を迎えることになった。

 

 

3. 北京オリンピック

オリンピックでは、「手つなぎハイブリッド作戦」を採用するのか、注目していたが、日本チームが選択したのは、先頭交代を3回する平昌大会と同じ作戦だった。日本チームの最大の強みであるチームワークを生かして、この4年間でレベルアップした個々の力を上積みできれば、安定して速いタイムが出せると考えたからだ。

 

メンバーは、平昌大会パシュートで金メダルを獲得した高木美帆高木菜那姉妹と佐藤綾乃の3人と、押切美沙紀を加えた4人だが、押切選手の試合出場はなかった。

 

① 準々決勝 準々決勝は8チームでタイムを競い上位4チームが準決勝に進む。

日本の対抗チームは中国。この4年間で更に磨きをかけた「世界一美しい」と言われる調和のとれた隊列と絶妙な先頭交代による滑りによって、2分53秒60のオリンピック新記録をマークして1位で準決勝に進む。

 

⓶ 準決勝 準決勝からは、トーナメント方式。タイムは関係ない。

日本は準々決勝4位のロシアオリンピック委員会ROC)と対戦、日本チームは前回同様素晴らしい走りで、ROCに快勝した。勝ちを確信した試合中盤から、ペースを落として2時間後の決勝に向けて体力を温存する余裕もみせた。

 

③ 決勝

<カナダチーム>

対戦相手はカナダ。カナダは今シーズンのワールドカップで全勝している。カナダの快進撃の理由は、身長1m87㎝のエース、イザベル・ワイデマンの存在である。彼女は女子3000m、5000mのメダル保持者で、彼女が終盤先頭に立って引っ張ると、その巨体の後ろの2選手の風圧が減り、スピードを落とすことなくゴールできる。カナダは失速せずに終盤に強いチームなのだ。

 

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準々決勝のタイムは日本が勝ったものの、その差はわずかに0秒36だった。

 

<決勝のレース展開>

・まず高木美帆が2周先頭でペースを作る。隊列は一糸乱れぬ完璧さ。

 

・素早く、佐藤綾乃に先頭交代してスピード維持。前半の時点でカナダより0秒59のリード。

 

・次に高木菜那が先頭に立ち、攻めの滑りをみせる。先頭交代すると通常はタイムロスでラップタイムが落ちるが、菜那はここでスピードを上げてカナダとの差を広げる。

 

・残り2周を切ったところで再びエース美帆が先頭。一糸乱れぬ隊列でスピードを維持。

 

・残り200mでカナダとの差は0秒32、わずかながら最後までリードを保って最終盤へ。このままいけば金メダル。テレビ観戦の私は手を握り締めて、固唾を呑んで画面を見つめた。

 

・残り50m、最後尾の菜那がバランスを崩す。

 

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・転倒した菜那は懸命に起き上がり、最後まで滑り切った。タイムは3分4秒47

 

<転倒の原因>

長野五輪男子500m金メダリスト清水宏保さんは「氷の上にできた溝に足がはまったことによりバランスを崩してしまい、耐えているんですけど踏ん張り切れずにそのまま転倒しています」と解説している。「フィギアの羽生結弦といい又しても氷上の溝かよ」と思う。

 

菜那は、自身が先頭を務めた間に、全身全霊の滑りでカナダとのタイム差を広げた。僅差の戦いになった最後のカーブで佐藤へそして先頭の美帆へ力を与えようとプッシュした。佐藤との距離を縮めた分だけ、前方の溝を目視できずにはまってしまった。

 

「プッシュ戦法」が持つ諸刃の剣の負の部分と、菜那の力が尽きかけた状況が複雑に絡み合ってのことなのか?

 

<最後に>

フラワーセレモニーを終えた後に、世界が見つめる中で涙した3人の姿や、お互いを思いやる様に、ネット上には菜那を労い鼓舞するコメントが溢れた。それを知らされた菜那の言葉。

 

「自分のことを誇ってくれている、ということだけは見失わないようにしたい。誇ってくれている人たちの分も含めて、しっかりと前を向いていきたい。」

 

3人ともお疲れさまでした。3人の素晴らしい滑走を見せてもらい感動しました。ありがとうございます。

 

追記: 二日後の17日、高木美帆は女子1000mに出場し、オリンピック新記録を出して金メダルを獲得し、有終の美を飾った。

19日、高木菜那佐藤綾乃は、女子マススタートに出場し、高木菜那は準決勝の最終カーブでまたしても転倒して、決勝進出ならず、佐藤綾乃は決勝進出したものの、6位に終わった。