高川山

 

山/ハイキングは、昨年6月に精進湖のパノラマ台へ富士山を見に登って以来、ご無沙汰である。今年になって、そんなに遠くない所のハイキングコースを調べていたら、山梨県の「高川山」が目にとまった。

 

この山は大月市都留市の境にあり、桂川と笹子川に挟まれた御坂山地の東端に位置する。標高は975.7mで、真下にリニア新幹線の実験線(トンネル)が走っている。「山頂まで2時間、富士山の絶景が楽しめる初心者におすすめの日帰り登山コース」として紹介されていた。

 

3月にこの案内を見つけ、雪の富士山に魅力を感じ、行ってみたくなった。リハビリセンターで、毎週山へ行っている「山女」の言語の先生に相談すると、彼女は高川山へは何度も登っていて、この山のことはよく知っていた。

 

そして「今はまだ登山道に雪があるようだから、もう少ししてからの方が良いのではないかしら」と言われ、登山は一ヶ月ほど先延ばしにした。

 

週間天気予報を見ていて、4月20日は降水確立が10%で、テニス、卓球の無い日だったので、この日に行くこととする。

 

登山コースは色々あって、中央線初狩駅大月駅、富士急禾生かせい)駅、田野倉駅から登り下りできる。初狩駅から高川山へ登って、天神峠-おむすび山を縦走して大月駅に下るコースが最も一般的なコースのようであるが、私は車で行くので、初狩駅コースをとり、登山口近くに駐車して高川山を往復することにした。

 

4月20日(木)

早起きし、中央高速で大月まで行ったので、初狩駅には5時過ぎに着いた。

 

   (下山してから撮った写真なので周囲は明るいが、到着の5時は薄暗かった)

 

駅から線路下のガードをくぐり、車一台がやっとという道を進む。ガードは S字型に直角に曲がっており、車の側面と角のコンクリが数㎝の所を冷や汗をかきながら通過した。

 

5:30 登山道入口近くに車を停めて出発

 

 

しばらくして、木の根に覆われた歩きにくい道を行く。

 

 

6:10 男坂、女坂分岐

 

 

傾斜が急だが距離の短い左の男坂を登る。

 

新緑の木々の緑に癒される。

 

 

7:40 高川山山頂

久し振りの登山ではあったが、「初級コース」ということ、リハメンテでのトレーニングやテニス卓球を毎週やっているので、それほど苦しまずに登れるものと思っていたが、豈図らんや(あにはからんや)ハーハーの連続で、大いに苦しんでやっとの思いで山頂に辿り着いた。

 

 

そして登って来た正面には、山々がきれいに見えるのだが、肝心の富士山が見当たらない。「どこだどこだ」と振り向くと、真白き富士山がド~ンと目に飛び込んできた。

 

感激!登りの辛さがいっぺんに吹き飛ぶ。雪をかぶった富士山は、ひと際美しい。

 

 

山頂の岩に腰掛け、富士山を眺めながら、おにぎりを食べる。

 

20分ほどすると、私の登って来た反対の道から鈴の音が聞こえ、一人の男性が現れた。今日初めて会う人だ。彼はしばらく写真を撮っていたが、撮り終わると自分から話し出した。

 

「埼玉県の上尾から昨日車で来て、昨日は御正体山へ登り、都留市の道の駅の駐車場に車を停めて寝て、今朝禾生コースで高川山へ登って来た」

 

「まだ若くて体力があるのだろうな。私なんぞは、車で寝て山に登るなんて、とても考えられない」と思った。

 

その男性は30分程山頂に居て、同じコースを下山していった。再び山頂は私一人となり富士山を独り占めした。山頂で1時間20分、たっぷり富士山を堪能しがら過ごし、9:00下山する。

 

まだ後遺症が残っており、フラツキのある身なので、下りの登山道は、転ばないよう細心の注意を払う。帰りは傾斜の緩い「女坂」を下る。それでも、登山道は結構急な所が多く、落ち葉で滑りやすい箇所も多くあった。

 

転倒しないように長時間足を踏ん張りながら下山していたので 、太腿(ふともも)の筋肉がつりそうになる。「こんな山道で足がつったら大変なことになる」と冷や汗が出て、益々慎重に下る。

 

10:15 登山道入口の車へ到着して、ホッと一安心。靴を履き替え、衣装も運転モードに着替えた。

 

 

時間も早いので、帰途は一般道を走る。山頂で会った男性が利用したという都留の「道の駅」に寄ってみる。何か地元の珍しいものでもあればと、見て回ったが、特に見当たらず「酒まんじゅう」だけを買って帰った。

 

<後日談>

翌日から、踏ん張って下山したせいか両足の筋肉痛に悩まされた。翌日はそれほどでもなく、リハメンテにも行き、しゃがむことはできなかったが、いつものトレーニングのメニューをこなした。

 

問題は二日目からで、痛みがひどくなった。水平には何とか歩けるものの、一旦椅子に座ると立ち上がりができなくなった。立つときは、両手をひじ掛けに置き、身体をもち上げないとできない。また階段の上り下りには苦労し、特に下りは手すりにつかまって後ろ向きで降りなければならなかった。

 

二日目、三日目と不自由な生活をし、四日目からようやく徐々に回復した。こんな筋肉痛は初めての体験だ。加齢により筋力と回復力が低下しているのだろう。