愛燦燦

ぼんやりとAI歌手がカバーして歌う「愛燦燦」を聞いていて、「過去達は優しくまつ毛に憩う」とか「未来達は人待ち顔して微笑む」とかのフレーズに「さすが詩人が紡ぎ出す言葉は違うな~」と改めて感心した。今まで美空ひばりのオリジナルや色々な歌手の歌う「愛燦燦」を、何十回、何百回と聞いてきたが、「良い曲」とは思ったが、漠然と人生賛歌の歌と感じていたくらいで、歌詞の意味については特に深く考えたことは無かった。

 

私は昔から、楽曲の作詞家には強い憧れと尊敬を持っている。ヒット曲のサビの部分の表現はどのようにして生まれたのか興味があった。谷村新司の「昴」もその詩を生み出した谷村の才能に感服したものだ。

 

今回は「愛燦燦」の歌詞の意味について、生成AI  の解説をベースに深堀りしてみたい。

 

まず、歌詞を表記する。

 

「愛燦燦」

 作詞/作曲:小椋佳  歌唱:美空ひばり リリース:1986年(昭和61年)

 

   雨 さんさん※と この身に落ちて  

   わずかばかりの 運の悪さを

   恨んだりして

   人は哀しい哀しいものですね 

   それでも過去達は 優しく睫毛に憩う

   人生って 不思議なものですね 

 

   風 散々と この身に荒れて

   思いどおりに ならない夢を

   失くしたりして

   人はかよわい かよわいものですね

   それでも 未来達は 人待ち顔して微笑む

   人生って 嬉しいものですね

 

   愛 燦燦と この身に降って

   心秘かな嬉し涙を 流したりして

   人はかわいい かわいいものですね

   ああ過去達は 優しく睫毛に憩う

   人生って不思議なものですね

 

   ああ未来達は 人待ち顔して微笑む

   人生って 嬉しいものですね

 

※冒頭の「雨さんさんと」の」「さんさん」のオリジナルはさんずいの漢字であるが、このブログのPCからは打ち出せず、ひらがなとした。

 

1. 全体の解釈

この曲は3段階の構成となっている。

① 最初の出だしで、「雨さんさんと この身に落ちて」で人生には運の悪いことが起きたり思い通りにならないことも起きる。だから「人は哀しいものですね」と言う。しかし、過去を振り返ると、辛かったことも含めて、何故か懐かしい思い出として心に残る。だから「人生って不思議なものですね」となる。

 

②「風 散々とこの身に荒れて」で夢が叶わなかったり、努力しても思い通りにならなかったりする。だから「人はかよわいものですね」と言う。それでも、「未来があなたを待っていますよ」と微笑んでいる、だから「人生って嬉しいものですね」となる。

 

③「愛 燦燦とこの身に降って」で雨に打たれ、風に荒らされてきた人生に、今度は愛が光のように降り注ぐ。その喜びが「嬉し涙」になる。そして「人はかわいいものですね」と結んでいる。

 

「愛燦燦」を一言で説明すると、

「人生は色々あったけれど、振り返ればそれも人生。そして弱くて失敗する人間だからこそ愛おしい。だから人生は不思議で嬉しいものなのだ」とでもなろうか。

 

この歌詞は、最初から「人生は素晴らしい!」と励ましているわけではない。

つらい→弱い→それでも過去には優しい思い出がある→未来は微笑んでいる→愛に包まれる→人間ってかわいい→人生って嬉しい

という順番で少しずつ人生を肯定しているのだ。

 

2. 「過去達は優しく睫毛に憩う」

簡単にいうと、「昔のことを思い出す」ということを、小椋は、この曲で一番印象に残る言葉で表した。小椋は「目を閉じた時に過去の思い出が瞼の裏に優しく浮かぶイメージ」と説明している。「つらかった過去も、月日が経つと自分を優しく包み込む思い出になる」ということだ。

 

3.「未来達は人待ち顔して微笑む」

これも「未来には希望がある」を小椋はこの言葉を使った。「未来」は普通、人間の方から未来に向かって進んでいくものだが、ここでは、未来がこちらを待っている。しかも人待ち顔で、さらに微笑む。「過去はもう終わった。これから先にはまだ知らない未来が待っている。それは恐ろしい顔では無くて微笑みかけている」

 

4. 小椋佳の凄いところ

上記 2と3のように、普通なら説明してしまうところを、比喩に置き換えている。「過去」「未来」も擬人化して、抽象的だったものが見えるものとなり、一つの映像になる。

小椋は、過去・未来・愛.人生といった抽象的なものを人間や自然の姿に変えてしまう。

 

5. 「愛燦燦」というタイトル

人生には、雨が降る。風も吹く。人は哀しみ弱くなる。

しかし、その長い人生を振り返った時、過去は優しく自分の側にいる。

未来は自分を待っている。

そして最後に、愛が燦燦と降り注ぐ。

だから「愛燦燦」なのである。

 

 

最後に「愛燦燦」の動画を貼付します。最近のYouTubeでは、カバー曲のほとんどはAI歌手が歌っています。ここでは、元祖美空ひばり版を貼付します。

この動画はフルコーラスではなく、「風 散々と・・」の第二節が省略された仕様です。

 


www.youtube.com

 

 

 

 

                  ―了ー

 

 

 

 

 

 

人間を見る目が「人は哀しい」→「人はかよわい」→「人はかわいい」と変化している。

 

 

JR鶴見線

NHKBSのテレビ番組表を見ていて、深夜2時過ぎに「運転席からの風景 JR鶴見線」という番組が放送されると知った。鶴見線には約40年程前に一度乗車したことがあり、懐かしくなって早速録画予約した。

 

私は「鉄道オタク(鉄ちゃん)」ほどではないが、子供のころから鉄道が大好きだった。今でもテレビでは六角精児の「呑み鉄本線・日本旅」と中井精也の「てつたび」は欠かさず見るようにしている。

 

大人になって、宮脇俊三の「時刻表2万キロ」という本に出合って、宮脇俊三のファンになり、鉄道旅の面白さ、奥深さを知り、その後宮脇が乘った路線の一部に乗ったり、宮脇が出版した本は全て購入して愛読した。

 

全国の鉄道を隈なく乗りつくした宮脇俊三が「その中で最も印象深く感銘を受けたと思う鉄道を上げるとするなら」と質問されると、「ベスト10」とか「五本の指」に必ず入っていたのが「鶴見線」である。

 

宮脇が殺風景な工業地帯を走る鶴見線を推挙するのは、「いつでも行けると思うと、いつまでも行かない」と思っている都会の人に、東京からは2時間もあれば行ける近場の鉄道で、鶴見線の枝線の終点海芝浦駅からのガラリと変わった風景を楽しんでもらいたかったからだと思う。

 

 

録画を見始めて最初に驚いたのが、鶴見線の車両がスカイブルーと黄色のラインが入ったお洒落なステンレス車両(E131系)になっていたことだ。40年前に私が乗った時はチョコレート色のいかにも年代がかった古びた車両だったので、時代の変遷を感じる。

 

鶴見線は鶴見ー扇町7.0㎞が本線で、途中に浅野ー海芝浦1.7㎞と武蔵白石ー大川1.0㎞の枝線がある。鶴見線は短い線ではあるが、市街地、工業地帯、臨海部と色々な顔があって面白い。

 

始発のJR鶴見線鶴見駅は2階にあって、開業は昭和9年(1934年)とかなり古い。ホームには昭和の面影が残る黒光りした木造の長いベンチがある。

 

鶴見駅を出発した電車は、右に總持寺や市街の建物を見て高架を進み、左に平行する横須賀線、京浜東北線、東海道線、京浜急行線を高架橋で渡り、更に国道15号も渡ると最初の駅「国道駅」に停車する。

 

駅名の由来は国道に隣接しているからだ。国道駅の歴史も古く、駅の開業は昭和5年(1930年)だという。ホームは2階で、改札口は1階の鶴見線ガード内にあり古き昭和のレトロ調の趣きがある。壁には戦時中に受けた機銃掃射の弾痕と地元では語り継がれている痕もあり、タイムスリップした感覚だ。

 

国道駅から鶴見川を渡ると、次の鶴見小野駅までは線路の両側が高層住宅と一般住宅が立ち並ぶ住宅街だ。電車は鶴見小野を出てようやく工場街に入り、車窓には大きな倉庫や工場が続き、住宅は見当たらなくなった。弁天橋の次の浅野で電車は本線から分かれて海芝浦に向かう。

 

電車は新芝浦から右に曲がり、広い京浜運河に接して停車する。終点の海芝浦である。

 

 

 

対岸は埋め立て地の扇島、その右の海の向こうに首都高湾岸線の鶴見つばさ橋が見え、その上を豆粒のような車が動いている。海芝浦駅のホームの10mほど下は海面である。ホームの真下に海が見える駅は日本ではこの駅だけと思われる。

 

海芝浦駅には、通勤客以外の鉄道ファンと思しき一般客も訪れて写真を撮ったりしている。駅の外は工場の入り口なので、一般客は40年前の私もそうだったように、ホームで周りの風景を眺めたり、ホーム下の海面を覗き込んだりして過ごす。そして折り返して鶴見行きとなった来る時と同じ電車に乗って帰っていく。

 

 

鶴見線の沿線は工業地帯建設のための埋め立て地であるから、財閥や名だたる企業の創始者や京浜工業地帯発展に尽くした実業家の人名にちなんだ駅名がいくつかある。

 

例えば、

・安善駅の安田善次郎:京浜工業地帯を資金で支えた「銀行王」安田財閥の創始者

・武蔵白石駅の白石元治郎:日本鋼管の初代社長「鋼管王」

・大川駅の大川平三郎:数々の製紙会社を設立した「製紙王」

・浅野駅の浅野総一郎:京浜工業地帯の生みの親「セメント王」鶴見線の前身、鶴見臨港鉄道も創設した。

 

 

先にも記したように、鶴見線はこの先浅野から本線で扇町までと武蔵白石から大川までの枝線が残っているが、今回の鶴見線の紹介はここまでとします。

 

鶴見線は昭和の昔の戦前から、日本の近代化に貢献した京浜工業地帯で働く人々の足として、そして今日も健気に走っている。

 

 

 

 

                  ー了ー

 

 

 

 

「久美子」さん

9月になった。

8月末に国内では北陸地方に線状降水帯が集中的に発生し、道路や家屋が浸水する被害がニュースに流れた。また海外のネパールで中国国境付近を流れる川に、大規模な土石流と洪水が発生し、9月1日現在1000人以上の死者と4000人以上の行方不明者を出していると報じられている。ネパールの洪水は、凄まじい勢いで流れ落ちる土石流が、一瞬のうちに岸辺のビルや家屋を襲う様子が映像でも映し出されていたが、自然の猛威に改めて畏怖の念を抱いた。

 

9月になっても、私にはまだ秋の気配は感じられないが、毎朝ラジオ体操をしているMさんによると、「朝は大分涼しくなった」と言っていた。8月末頃から最高気温が30℃を下まわる日が多くなっていて、今年の夏は暑いことは暑いが、去年の酷かった暑さに比べると、まだましかなと感じる。

 

 

9月に入ったこの頃になると、いつも「久美子」と言う名前が頭をよぎる。それは中学時代の友人の娘さんの名前である。

 

名古屋から関東の会社に就職して5~6年後の秋に帰省した。実家の周りを散歩していて中学時代の友人Y君の家の前を通った。

 

Y君とは中学1年の時の同級生で、私と彼は「ウマが合って」、休み時間の教室でよくお喋りしていた。彼の下の名前は「善吾」である。私には凄くカッコイイ名前に思えて、羨ましく思い、「自分にもこういう名前を付けて欲しかった」と思ったりしたものだ。

 

ある時、地球や太陽の話になり、「月は地球の周りを回っており、地球は太陽の周りを回っているのだから、太陽も何かの周りを回っているに違いない」と私は何の根拠もないが、直感でそう感じたことをY君に話した。彼は「漠然とそうとも思えるが、本当にそうかな?」と腕を組んで考えていた。

 

その内に机の周りに生徒が数人集って「太陽は動いているか否か」で考えは二分した。そこで、理科の先生に直接聞いてみることになった。私とY君は二人で職員室へ行き、「先生!太陽は動いていますよね?」と質問した。先生は私たちが朝から夕方にかけて太陽が動いているように見えることを言っていると思ったらしく、「そう見えるけれど、実際は太陽は止まっていて、この地球が回っているんだよ」と中学生にもなってそんなことも知らないのかという口調で答えた。

 

私たちは、職員室へ行って先生に質問すること自体に緊張してあがってしまい、「そうではなくて」と反論もできずに、すごすごと帰ってくるような初心(うぶ)な中学1年生だった。

 

その後Y君は、雑誌に「太陽系の外には島宇宙があり、宇宙にはそれがいくつもあると書いてあったので、太陽も動いているかもな」と教えてくれた。

 

太陽系は銀河系の中に有って、その銀河系は銀河の中心を軸として全体が回っているので、太陽も動いていると知ったのは大学生になってからだ。私の直感は当たっていた。

 

そんなことをY君の家の前で思いだしながら、中学時代が懐かしく、また彼に会ってみたくなって、Y君宅のチャイムを鳴らした。出てきたY君は中学生をそのまま大人にしたような容貌だった。彼とは中学卒業以降は疎遠となり、この時は15~6年振りの再会だったように思う。

 

彼は地元の大学を出て、地元では名門と呼ばれている私立の女子高校の先生をしていた。この時私は未婚であったが、彼は結婚していて子供も生まれたと言う。そして「9月3日に生まれたので『久美子』と名付けたよ」と満面の笑顔で嬉しそうに語ってくれた。

 

その後またY君とは疎遠になり、数年前に名古屋へ行った時、彼の家の前を通るとその家は無くなっていてマンションが建っていた。

 

「久美子」さんとは一度も会ったことが無いが、おとなしいが芯が強く誠実な父親の血を引き継いだ、賢く素敵な女性として生きておられることと想像している。毎年九月の初めころになると、思い浮かぶ名前である。

 

 

 

 

                  ー了ー

 

四季と地球と月

暦の二十四節気で今年の立秋は8月7日、処暑は8月23日であった。

暦生活手帳には、立秋は「秋の気配が少しずつ感じられる頃、涼風がそよぎ、ヒグラシが鳴きはじめ、秋の始めを演出してくれる頃」処暑は「夏の暑さが和らぐ頃、マツムシや鈴虫など心地よい虫の声が聞こえてくる。稲穂が色づき始めると同時に台風の季節も到来する頃」と書いてある。

 

暦の上では秋らしい涼し気な言葉が並ぶが、現在の日本列島の気候は、まだまだ猛暑、酷暑の続く真夏の真っ最中で、とても「秋の気配」は感じられない。近年は暑い夏が10月頃まで続いている。最近気象庁が発表した向こう3ヶ月の天気予報によると、今年9,10,11月の3ヶ月とも気温は平年より高いとのことで、今年も夏は長く続きそうだ。

 

昨今は地球温暖化の影響で、全体的に四季の気温が高くなってきたことによるものか、四季の特徴を感じる機会が少なくなったような気がする。しかし、繊細な感性を持った日本人は古来より、四季の移ろいに敏感で、四季を和歌や俳句、書画に表現して四季をこよなく愛してきた。

 

ここで話は飛躍するが、以下に四季と地球、月の関係を記します。

 

日本に限らず、地球上では赤道と南北の極地を除いて四季が存在する。これは、地球の自転軸が太陽の周りをを公転する軌道面に対して垂直な方向から約23度傾いているからだ。すなわち、日本では北半球が太陽の方向に傾く時期が、陽の長い暑い夏で、その逆が冬となる。

 

この自転軸の傾きは一定ではなく、現在は23.4度だが、22.1度から24.5度の間を行ったり来たりしていて、その周期は約41,000年だそうだ。傾きが大きくなると四季の差が大きくなり、小さくなると穏やかになる。

 

それと、回っているコマのように、傾く方向も円を描くように動き、23,000年かけて方向が元に戻るということだ。

 

この41,000年とか23,000年という期間は、地球の歴史(46億年)からすると、非常に短い期間で、人類(ホモサピエンス)が誕生した約30万年から数えても、人類は7~8回も自転軸の最大最小を経験していることになる。

 

地球の自転軸が何故傾いているかというと、それは地球が生まれた頃の原始地球の時代に、テイアと言う火星ほどの大きな原始惑星と衝突したからだと考えられている。

 

 

地球の自転速度は、現在1回転(一日)24時間であるが、地球が生まれたての原始地球では、一日が約6時間だったと推測されている。それが46億年かけて現在の24時間になったのは、月による地球の潮汐運動によるものだ。

 

月の重力は、地球の海を引っ張り、潮の満ち引きを起こす。地球は自転しているために「潮のふくらみ」が少しずれて摩擦力が働き、地球の自転にブレーキがかかるためだ。

 

月は地球に対して地球の自転速度を少しずつ遅らせていることのほか、地球の自転軸の傾きを安定させる働きもしている。もし月が無かったら、自転軸の角度は頻繁に変化し地球上での安定した「四季」は望めない。

 

現在地球では、一日が24時間であることは当然のこととして万物は動いているが、長い時間のスパンで考えると、一日はは少しずつ長くなっている。また、地球の自転軸が約23度という絶妙な値に傾いているために、我々人類を始めとする生き物たちは、毎年の四季を享受しその恩恵に浴している。神様に感謝したい。

 

 

 

 

                   ―了ー

 

 

4Kテレビ

我が家は25年以上前からJ:COMに加入し、テレビは地上波、BS、CSを視聴してきた。

3年前にテレビを4K対応に買い替えた。その時、旧テレビに接続して使用していた録画機も新規に取り換えようと思ったが、それはそのまま新テレビに接続して使用することにした。その理由は、録画機のハードディスクに入っていた録画※を廃棄する決心がつかなかったからである。

 

※サラ・ブライトマンのウイーンシュテファン大聖堂公演

 卓球女子(四元奈生美)の四国88カ寺巡礼記録 等

 

チューナーをそのまま使用していたので、テレビは4K対応なのに、4K放送は視聴できなかった。しかし4K放送で特に見たい番組も無かったので、特段不便は感じなかった。

 

最近、録画した映画やドラマを見ていて、最後のエンディングロールの名前とかの文字が小さい時は、大画面ではぼやけて判明しないことが気になり始めた。そしてようやく録画機を廃棄して新しいものにし、テレビのチューナーも4K対応にしようと決意した。

 

今週、J:COMにチューナー交換工事を依頼し、録画は外付けのハードディスク(レンタル)とし、J:COMにチューナーとハードディスクを同時にセットしてもらった。

 

双方ともに私が想定したよりもずっと小さく、録画機を取り外したテレビ下のスペースに2台とも難なく入り、見た目すっきりとなった。

 

テレビは購入3年後になって、やっと本来の性能を披露することができるようになった。

 

BS4Kと通常のBSを比較すると、画素数がBS4K:829万に対して、BS:207万と4倍、解像度は2倍になると言われている。私の目にはその差はあまり良く分からないと思っていたが、よくよく画面を凝視すると画像の細部はよりクリアになったような気がした。

 

今回、チューナーを交換したことで、YouTubeが視聴できるようになった。今までパソコンの小さな画面で見ていたものが、大画面で見られるようになってこれは大いに気に入っている。ただ途中に入る広告をスキップするのにパソコンより時間がかかる。

 

NHKBS4K放送は、4K独自の番組が非常に少ないようだ。NHKBS放送と同じ番組が異なった時間帯に4Kで放送されている。水木金曜日のゴールデンタイムのNHKBSはプロ野球中継であるが、私はプロ野球を見ないので、その時間帯にBSで見逃した番組を4Kで見られるようになった。

 

今までの古い録画機での録画予約は、BS、CS放送は番組の開始終了時刻をいちいち手入力して行っていた。それがリモコンで番組表からボタンを押すだけで出来るようになって楽になった。それと、今回の目的であった録画画面での小さな字もくっきりと見えるようになって満足している。

 

テレビ、録画機を新しくしてまだ日が浅いが、生活が少し豊かになったように感じている。

 

 

 

                 ―了ー

 

 

「あなたのすべてを」

「あなたのすべてを」は、1967年(昭和42年)にリリースされた佐々木勉作曲の代表的な曲である。古い歌であるが名曲なので数多くの歌手がカバーして歌っている。例えば、ちあきなおみ、尾崎紀世彦、フランク永井、伊東ゆかり、テレサテンなどだ。

 

若い女性が始めて出会った男性に一目惚れをして恋に目覚め、「あなたのすべて」が知りたいと一途に思い込む。微笑ましくもそのひたむきさに応援したくなる。曲調もその思いに沿った優しくも強い願望が組み込まれている。

 

昭和が過ぎて平成、令和の時代になってもこの曲を愛する人は多いようで、カラオケで歌っている人を時々見かける。

 

「あなたのすべてを」 作詞/作曲:佐々木勉 リリース:1967年

 

   名前も知らない  あなたと私

   なのに不思議ネ  胸がときめく

   恋はこうして  生まれるものなのネ

   おしえて欲しい  あなたのすべてを

   今宵一人で歌う  あなたへの歌

 

   初めて会った   あの日から

   私の心を  はなれない

   これが本当の  恋というものかしら

   おしえて欲しい  あなたのすべてを

   今宵一人で想う  あなただけのこと

 

   今度逢えるのは  いつの日かしら

   あなたと会った  このお店で 

   明日も私は  そっとあなたを待つの

   おしえて欲しい  あなたのすべてを

   今宵一人で歌う  あなたへの歌

   あなたへの愛 あなたへの歌・・・ 

 

 

最近のYouTubeに投稿されるカバー曲は、生成AI で作られた作品が非常に多くなっている。AI 製作者の技術が日進月歩で進化しているので、ますますその作品に登場する人物は、本物の人間か架空かと区別するのが難しくなっている。又AIで細かく調整するであろうから、完成した作品のAI歌手の歌は皆上手い。

 

人間の歌手の皆さんにとっては厳しい時代になったものだ。これからは人間以外のAI歌手とも競争しなければならない。

 

 

以下にAIで制作した「あなたにすべてを」を貼付します。

 


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チャンネル名は、「Sound-New  Vide  channnel」で制作の趣旨は「昭和の名曲をAI生成&DAWによるアレンジを施して、楽曲に新しい息吹を感じていただけること」と書いてある。

 

歌っているのは、AIバンド(Rocka Boogie Sister's)で若く元気にロック調で歌っている。オリジナルとは異なるアレンジでこれはこれで面白いと感じた。

 

 

次にオリジナルに近いカバー曲として、チャンネルCOCOAの「あなたのすべてを」を貼付します。

 

私はこの動画で歌っているのは、COCOAという実在の人物だと思っていた。その経歴等を知ろうと「歌手COCOA」で検索すると、3件ヒットした。

 

①シンガーソングライター(cocoa):愛知県在住 2023年に「マイヒーロー」をリリース

②バイリンガルアーティスト(Cocoa):18才現役大学生、ラップが持ち味

③アコースティックユニット(COCOA):男性二人のユニット

 

②③は明らかに、「あなたのすべてを」を歌っているCOCOAとは違う。①は「マイヒーロー」のプロモーションビデオがあったので、見てみるとやはりカバー動画の顔とは違うようだ。それと私が推奨するCOCOAは大文字なのに対して①のcocoaは小文字である。

 

とすると、カバーで歌っているのは、これも生成AIで作成した動画であろうか?

 

実在の人物かAIかはっきりしないが、この動画の歌唱で「・・・おしえて欲しいあなたのすべてを・・・」の「欲しい」の高音のところがファルセットがかっていて何ともこの曲に相応しく痺れてしまう。

 

前置きが長くなりましたが、COCOAの「あなたのすべてを」をご視聴下さい。

 


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                   ー了ー

 

 

 

 

’26年8月第1週

7月28日に熊本地方は震度7の地震に襲われ、8月5日現在、死者38人、住宅も7000棟以上の被害が出て、避難所には7100人以上が避難され、車中泊をされている方も多いと聞く。

 

熊本地方は地震後猛暑が続き、3日は熊本市で40℃以上の酷暑日を記録した。被災者の方々や劣悪な環境の中で復旧にがんばっておられる方々に心からのお見舞いを申し上げます。

 

熊本地方の方々が大変な思いをされている中、電気、ガス、水道のライフラインを普通に使用できる有難さを噛みしめながら、8月の第1週も平凡で代わり映えのしない日々を過ごしていた。そんな日常の記録です。

 

 

8月3日(月)

小さな家の周りの雑草が目に付くようになった。草取りをせねばと思いつつ、最近の暑さでやる気がしない。先週末は当地も35℃以上の猛暑日が続いていたが、3日の最高気温は30℃以下との予報だったので、朝の涼しいうちにと早起きして6時から始めた。

 

虫対策に長袖、長ズボンを着込み、長ゴム手袋を付けて、しゃがみこんで雑草を手当たり次第にむしり取っていくという極めて原始的な方法である。草はほとんどがスギナ※で1割位ドクダミが混ざっている。毎回思うのだが、雑草の逞しさには恐れ入る。除草剤を撒いても、葉が枯れるだけで又しぶとく生えて来る。人間にもときどきこういう逞しい人もいたが、最近は見かけなくなった。

※スギナと思っていたが、グーグルレンズで調べたら「カタビバ(片檜葉)」と思われると書いてあった。

 

むしり取った雑草は45Lポリ袋で2袋になった。雑草と一緒に根に土も付いているので相当に重い。家の周りを一周して終わった時は9時を過ぎていた。今日は涼しかったから良かったが、暑かったらとても一気にはできずに、途中でバテていたと思う。

 

午後、公園に寄ってから公民館のH卓球に行く。昨日の昼に公園へ行った時は、気温36℃で10分程の距離を歩いているだけで汗が噴き出し、雲梯の鉄棒も熱くて握れない程だった。それに比べて今日は25℃、なんと爽快なことかと嬉しくなる。

 

公民館の会場の室温を23℃にセットして卓球をする。動けば汗はでるが屋外のことを思うと天国だ。ラリーをしていて、右手小指を卓球台の縁にしたたかに打ち付けてしまい、飛び跳ねる位の痛い思いをする。私はそそっかしいのでよくやることで、血も出ていたので女性会員の持っていたバンドエイドを貼ってプレイを続行した。

 

卓球後、SさんとMACへ行く。Sさんとは名古屋場所の朝之山の成績で賭けをしていて、11勝か10勝であれば私の勝、9勝か8勝であればSさんの勝というものだ。結果は千秋楽の朝之山が勝つか負けるかによって賭けの勝負が決まるという面白い展開となった。結局朝之山が負けて賭けはSさんの勝となり、この日のコーヒーと軽い食事は私の奢りとなった。

 

 

8月4日(火)

午後S卓球に行く。Yさんとラリーをする。Yさんは半年ほど前にこのサークルに入会された非常に卓球がお上手な方だ。私より10才以上若く動きも機敏である。ラリーはかなり力を込めて高速な打球で対応し、20回以上続くことも何度かあったが、最後にミスをするのはいつも私の方で悔しい思いをした。休憩時に彼は中学、高校、大学時代に卓球部に所属していたと聞いて納得した。

 

 

8月5日(水)

今日はテニスの日であるが、8月は来週まで夏休みである。テニスが無いので、いつもの怠け癖が出て朝寝坊する。

 

午後2時、一番暑い時間にいつもの公園にぶら下がりに行く。今年初めての蝉の鳴き声が聞こえた。数年前のような、やかましいくらいの蝉の大合唱とはいかず、細々と鳴いていると言った感じだった。今年の夏も暑すぎて幼虫で死んでしまう蝉が多いのかと懸念された。

 

 

8月6日(木)

午前中に、月に2~3回開催される「歎異抄講座」に行ってきた。本日のテーマは「人生の目的」だった。このテーマは今まで何回も語られてきた。

 

歎異抄を一言で要約すると、

「弥陀の誓願(弥勒菩薩の約束)不思議に助けられて往生を遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思い立つ心のおこる時、すなわち「摂取不捨の利益」(永久に変わらぬ幸福)にあずけしめたまうなり」の言葉だそうで、講義によく出てくる。

 

「念仏」がキーワードのようで、「南無阿弥陀仏」を唱えれば往生できるとの考えは間違いとのこと。分からないことがまだいっぱいあり、このまま受講を続けるつもりだ。

 

 

8月7日(金)

午前中は、リハメンテ。いつも場を明るく盛り立てているスタッフのYさんが今日はお休みだ。一人居ないだけなのに、トレーニングルームの雰囲気がいつもと違うのに驚いた。

 

室内は冷房が効いているが、歩行/走行マシンによる40分の運動では、頭、顔や身体に相当の汗をかいた。

 

 

帰宅して今夜の夕飯をどうしようかと思いつつ、スマホのネット記事を見る。女優の黒木華さんが、料理のレシピを紹介していた。黒木さんは料理が好きで仕事がない時は自炊しているそうだ。スマホに紹介されていた料理は、お母様直伝の「鶏手羽のさっぱり煮」、私は鶏手羽料理を自宅で作ったことが無かったが、簡単そうだったので、作ってみる。

 

鍋に、生姜、鶏手羽元を入れ、砂糖、酒、酢、しょうゆ、水を加えて、中火でひと煮たちしてあくをとり、後は火を弱めて落し蓋をして30分間煮込むだけだ。最後にゆで卵を加えて煮卵を同時に作る。

 

味の染み込んだ手羽肉は柔らかく、酢の効果か名前の通り「さっぱり」していて脂っぽくなく、美味しく頂いた。酒のあてには丁度良かった。

 

 

8月8日(土)

午前中、スーパーへ買い出しに行き、レジのHさんと世間話をする。Hさんが今朝この店へ来る途中、国道の歩道を自転車で走っていたら、暴走族の集団に会ったと言う。凄く大きなエンジン音を鳴り響かせていたので、Hさんも負けずと、口で「ブーンブーン」と言いながら走ってきたそうだ。

 

それを聞いた私は「Hさんも昔若い時は、革ジャン着てバイクで走り回っていたんじゃないの?」と言うと「いや、そんなことない、嫌いじゃないけどね」と笑って答えた。

 

 

 

 

                 ー了ー