自宅のメールボックスに「『人生の目的』講座」のチラシが入っていた。それによると、歎異抄(親鸞の弟子唯円が親鸞の教えをまとめたと言われる仏教書)をベースに「人生の目的」や「なぜ生きるのか」について、アニメ上映とやさしいしい解説で学ぶ講座と書いてある。
「歎異抄(たんにしょう)」というと、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや、悪人をや」の言葉を思い出す。「善人でさえ極楽往生できるのだから、悪人はなおさら救われる」との逆説的な言葉は印象深い。
これは親鸞が主張している「他力本願」(自分の努力や善行で救われるのではなく、阿弥陀如来の本願力によって救われるという考え方)を布教する為の言葉のようである。
チラシには、3月の開催日は5回あり、場所は私の最寄駅から2駅先の駅前ビル内のセミナールーム、定員20名、参加費は無料とあった。
「人生の目的」とか「なぜ生きる」とか、恥ずかしながら今迄深く考えたことが無かったのと、「『歎異抄』をやさしく教えてもらえるのなら」と参加を決め申し込む。
3月5日(木)10:00~11:40 3月の1回目講座を受講してきた。
9:40会場到着、受付を済ませると、最前列の席に案内される。開始時の受講者は20名弱、ほとんどが年配の男女だが、20代らしき若い男性や40代位の女性もいた。講師は金沢から来たと言う中年の女性である。
最初に、歎異抄の簡単な説明から入る。歎異抄の作者は、親鸞の弟子唯円とされ、鎌倉時代後期にに書かれた仏教書である。書名は、親鸞死後、その教えが多様に解釈され、様々な「異議」「異端」とされるものが生じたが、唯円は、それらは親鸞の真信に反していると嘆いたことに由来する。そして親鸞の正統を示すために記した書物と説明された。
歎異抄は日本で最も読まれれている仏教書で、司馬遼太郎に「無人島へ持って行くとしたら歎異抄」とまで言わしめた書物だという。
続いて親鸞の生涯を描いたアニメが上映された。今回は親鸞の幼少期から9歳で出家して仏門に入り、比叡山で20年間修行したが悟ることができず下山するところまでだった。
後半は本題の「生きる目的」の話
結論から言うと
それは、「死を前にしても『変わらぬ幸せ』(この世に生まれて本当に良かったと思うこと)をみつけること」だそうだ。
幸福には「相対の幸福」と「絶対の幸福」があって、
「相対の幸福」は、健康、家庭、趣味、お金、財産、能力、美貌、地位、名誉等で、これらは変化する。今それらが満たされて幸せであっても、いつそれが崩れるか分からない。
「絶対の幸福」は摂取不捨の利益(りやく)(おさめとられて、すてられないしあわせ)
この「絶対の幸福」を見付けることが「生きる目的」というのが今回のメインテーマのようだった。
しかし、私には「絶対の幸福」の中身がまだよく分からなくて、イメージも湧かないというのが正直な感想だ。
ここで今回の講習が終わった。まだ1回目なので、後4回最後まで受講してみようと思う。
―了ー






















