’26年弥生3月中頃

ついこの前に新年を迎えたと思ったら、あっと言う間に1月が過ぎ2月が過ぎ、3月に入って桃の節句、啓蟄が矢のように過ぎて行った。改めて光陰矢の如しと実感する。今年の冬はこの2~3年に比べると寒く感じたが、今月の下旬ともなれば桜が咲き始め、世の中春爛漫の世界となる。

 

今年の弥生3月中頃の日常を記します。

 

3月9日(月)

公園で「ぶら下がり」をしてからH卓球に行く。

今日からH卓球に新人のKさんが入会した。Kさんの卓球歴を聞き忘れたが、ラリーの相手をしてみると、そつがなく我々のサークルでは十分対応できる技量であった。彼女は中国人とのことだったが、会話は若干訛り(なまり)があるものの、意思疎通には全く問題が無かった。

 

新人加入により、H卓球全体が刺激を受け楽しいプレイがが増えてくれれば、ありがたい。

 

卓球後、SさんとMACへ談話に行く。昨日から大相撲春場所が始まり、私とSさんは朝之山が何勝できるかを賭けている。私は期待を込めて11勝か12勝、Sさんは9勝か10勝だ。昨日の初日に朝之山は負けてしまったので、非常にハードルの高い賭けである。

 

3月10日(火)

6時過ぎに起きて雨戸を開けると雪が降っていた。今日は「歎異抄講座」の2回目の日で会場へは車で行く予定だったので、「困ったな」と思ったが天気予報では8時には雨に変わるとのことだった。予報通り出発の9時過ぎには雨となり、道路も雪は積もっていなかったので車で出かける。

 

今日の「講座」のテーマは、「運命のしくみ」で、「運命は何によってきまるか?」「どうすれば幸せになれるか?」運命の原因と結果を明らかにするというものだった。

今回のまとめは、「すべては、因縁和合して生じた結果」であるから、幸せになりたければ「廃悪修繕」に勤め「良い縁を選ぶ」ということらしい。

 

午後S卓球に行き、ラリーとゲームで楽しく過ごす。

 

3月11日(水)

今日は東日本大震災から15年目の日で、朝からラジオ、テレビはその特集番組が組まれていた。当時の悲惨な様子が思い出され、災害への備えの大切さを改めて思い知る。

 

今朝の当地の最低気温はマイナス1℃で、真冬並みに冷え込んだ。8時半からのテニスには真冬バージョンの格好で臨む。それと今日は花粉の飛散も最大級との予報だったので、花粉対策用ゴーグル風メガネとマスクを着用してテニスした。

 

メンバーの一人が大腸がん検査で休み、5人となり休憩の少ないプレイとなった。

 

3月12日(木)

この日は、公園へぶら下がりに行ったこと以外はどこへも行かず、終日家で過ごす。

 

夜、NHKBSで2月末に放送され録画しておいた「中井精也のてつたび冬の特別編・ローカル線の冬景色」を見る。さすがプロの鉄道写真家中井精也が撮った写真はどれも素晴らしく、冬の鉄道写真の数々を堪能した。

 

中井は、大きな撮影機材の入ったバッグを一つは背負い、もう一つは肩にかけて、最適な撮影ポイントを目指して、雪の中をラッセルしながら動き回る。そのバイタリティーには恐れ入った。又その巨体にもかかわらず、スキーが上手いのにも驚いた。

 

3月13日(金)

今日は一日中曇りの天気で、最高気温9℃冷たい北風も吹いて寒い一日だった。午前中にリハメンテへ行く。

 

先週、音楽好きのスタッフのYさんとマシントレーニングの合間に話をしていて、話題が「浜田省吾」になった。私が彼の「もう一つの土曜日」が良いと話すと、Yさんは浜田のことを勿論知っていて、彼女もその曲が好きだと言う。

 

「それならば」とその曲をカバーして歌っている「宮園晶子」と「Ms. OOJA(ミスオ―ジャ)」の二人が歌が上手くて凄く素敵なので「是非聴いてみて」と教えてあげた。

 

今日朝一番にYさんは私に会うなり「二人のカバー曲を聴いたが、二人とも歌が上手くて心に沁みた。彼女らの他の曲も聴いたが、みんなとても良くって感動した。素敵な歌手を教えてくれてありがとう」と礼を言われた。好きな音楽のことで喜んでもらえて、こちらも嬉しくなった。

 

3月14日(土)

朝スーパーに買い出しに行く。店の飾り付けは、桃の節句が過ぎて少し派手さに欠けるようだ。ホワイトデイ関連の飾りや商品の陳列もあったが、バレンタインに比べると地味で、メインは春の和菓子類を前面に出した飾りになっていた。

 

レジのHさんが元気になり、いつもの明るい挨拶をしてくれる。「お米が少し安くなった」と話すと「私お米が大好きなので助かる。朝からニ合食べるの」と言う。どちらかと言うと小柄で瘦せ型のHさんが、そんなに大食漢だったとはと大いに驚いた。

 

 

 

                 ー了ー

 

 

 

 

「歎異抄」講座

自宅のメールボックスに「『人生の目的』講座」のチラシが入っていた。それによると、歎異抄(親鸞の弟子唯円が親鸞の教えをまとめたと言われる仏教書)をベースに「人生の目的」や「なぜ生きるのか」について、アニメ上映とやさしいしい解説で学ぶ講座と書いてある。

 

「歎異抄(たんにしょう)」というと、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや、悪人をや」の言葉を思い出す。「善人でさえ極楽往生できるのだから、悪人はなおさら救われる」との逆説的な言葉は印象深い。

これは親鸞が主張している「他力本願」(自分の努力や善行で救われるのではなく、阿弥陀如来の本願力によって救われるという考え方)を布教する為の言葉のようである。

 

チラシには、3月の開催日は5回あり、場所は私の最寄駅から2駅先の駅前ビル内のセミナールーム、定員20名、参加費は無料とあった。

 

「人生の目的」とか「なぜ生きる」とか、恥ずかしながら今迄深く考えたことが無かったのと、「『歎異抄』をやさしく教えてもらえるのなら」と参加を決め申し込む。

 

3月5日(木)10:00~11:40 3月の1回目講座を受講してきた。

 

9:40会場到着、受付を済ませると、最前列の席に案内される。開始時の受講者は20名弱、ほとんどが年配の男女だが、20代らしき若い男性や40代位の女性もいた。講師は金沢から来たと言う中年の女性である。

 

最初に、歎異抄の簡単な説明から入る。歎異抄の作者は、親鸞の弟子唯円とされ、鎌倉時代後期にに書かれた仏教書である。書名は、親鸞死後、その教えが多様に解釈され、様々な「異議」「異端」とされるものが生じたが、唯円は、それらは親鸞の真信に反していると嘆いたことに由来する。そして親鸞の正統を示すために記した書物と説明された。

 

歎異抄は日本で最も読まれれている仏教書で、司馬遼太郎に「無人島へ持って行くとしたら歎異抄」とまで言わしめた書物だという。

 

続いて親鸞の生涯を描いたアニメが上映された。今回は親鸞の幼少期から9歳で出家して仏門に入り、比叡山で20年間修行したが悟ることができず下山するところまでだった。

 

後半は本題の「生きる目的」の話

結論から言うと

それは、「死を前にしても『変わらぬ幸せ』(この世に生まれて本当に良かったと思うこと)をみつけること」だそうだ。

 

幸福には「相対の幸福」と「絶対の幸福」があって、

「相対の幸福」は、健康、家庭、趣味、お金、財産、能力、美貌、地位、名誉等で、これらは変化する。今それらが満たされて幸せであっても、いつそれが崩れるか分からない。

「絶対の幸福」は摂取不捨の利益(りやく)(おさめとられて、すてられないしあわせ)

この「絶対の幸福」を見付けることが「生きる目的」というのが今回のメインテーマのようだった。

 

しかし、私には「絶対の幸福」の中身がまだよく分からなくて、イメージも湧かないというのが正直な感想だ。

 

ここで今回の講習が終わった。まだ1回目なので、後4回最後まで受講してみようと思う。

 

 

 

               ―了ー

 

 

 

 

小さな幸せ 2

朝食で具沢山の豚汁を食べていて、「美味しくて身体が温まって幸せだなぁ~」と感じた。こういう何の変哲もない些細なことで「しあわせ」を感ずることが最近多い。

 

寒い晴れた日に、陽光を浴びて寛いでいる時も、太陽のじんわりとした穏やかな温もりを感じて「しあわせ」な気分になる。精神的にも肉体的にも「気持ち」が良いときには、幸せホルモン「セロトニン」が分泌されて、この気持ちになるようだ。

 

このブログを立ち上げて間もない頃、同じタイトルで投稿している。読み返してみたら、その時「しあわせ」と感じるのは

 

・自分の作った料理が美味しかった時

・家事の後、ホットミルクやココアを飲む時

・背中に陽光を浴びながら洗濯物を干している時

  (上記3件は主婦のようだ)

・スーパーで小さな女の子と目が合って、ニコッと笑ってくれた時

 

と書いてあった。現在も当時とほとんど同じであるが、付け加えるならば

 

・就寝前の入浴と軽いストレッチ

湯船に浸かっているだけでも気持の良いものだが、風呂から出てマットに仰向けに寝て、両腕をバンザイして身体をいっぱいに伸ばす。そして腰の下にテニスボール2個を置いて、腰を揺らしツボを刺激する。この二つの動作をすると実に気持ち良く「しあわせ」な気分になる。

 

・夕食と晩酌

贔屓の歌手や演奏家のPC動画を見ながら、好きな料理をあてにして呑む酒は旨い。軽く酔った状態で食べると料理はより美味しくなり、「しあわせ」に感じる。

 

・テニス、卓球の好プレイ

テニスも卓球も未だに下手で、楽しんでやっているだけであるが、たまにテニスのサービスでコーナーギリギリのサービスエースが決まることがある。仲間から「ナイスサーブ!」と叫ばれる時は、嬉しくて気持ち良く「しあわせ」に感じる。卓球では、これもたまにではあるが、相手のスマッシュを受け止めて、相手コートに返球してポイントをあげた時は楽しく気持ち良い。

 

・幼児の動き回る様子

幼児はみな可愛く見ていて飽きないが、二歳前後の子供は特に可愛い。この年代の幼児は、歩きも安定し、小さな滑り台なら、自分で滑り口まで階段を登って、滑り降りることができるようになる。一度ひとりで出来るようになると、嬉しくて何度も繰り返そうとする。

 

滑り口までの階段を一生懸命よじ登り、歓声を上げて滑り降り、又小走りに階段を目指す。その様子は見ているだけで微笑ましく楽しい。幼児たちは皆、「しあわせ」な感情を我々に与えてくれる。

 

・健康でいられること

何はともあれ健康で生活できることは、一番の幸せであろう。毎日ぶら下がりをしているせいかお陰様で、この2年位腰痛にはならずに済んでいる。今のところ身体の痛いところはどこも無い暮らしが続いている。

 

亡き妻は生前リュウマチで常に痛さを抱かえて生活していた。彼女の苦労を知っているだけに、どこも痛くないことの有難さが、身に沁みて分かる。

 

私は、これまでに「肺」の結核、「心臓」の房室ブロック、「脳」の脳梗塞と重症な病気に罹ったが、今は普通の生活を送ることができている。誠に幸運なことで、現代医療のお陰と日々感謝している。

 

精神面においても、サークルや家族等における人付き合いで、ストレスを感じるようなことは一切なく平穏を保っている。

 

こう見てみると、私は「小さな幸せ」どころか「大きな幸せ」を享受しており、大変恵まれた生活を送っているようだ。このことに感謝しつつ、これからも継続するよう暮らしていきたい。

 

 

 

                 ー了ー

 

 

 

 

もうひとつの土曜日

YouTubeで「80年代のヒットメドレー」を視聴していて、ある曲が耳に残った。どこかで聞いたような懐かしい曲調である。この動画は、曲を並べて流すだけで曲名や歌手名などの付記が一切なかったので「何と言う曲なんだろう?」と気になった。何度か聞くうちにそのメロディは頭の中で繰り返すようになり、夢の中にまで流れるようになった。

 

曲名をどうやって調べたらいいのかと考え、動画の歌い出しの歌詞を聞き取って、その文句を検索してみた。見事にヒット。浜田省吾の「もうひとつの土曜日」だった。

 

浜田省吾の名前は知ってはいたが、私は彼の歌をじっくり聴いたことが無かった。早速浜田本人の動画を視聴してみた。

 


www.youtube.com

 

このライブ映像は、2013年に投稿されたもので、視聴回数は現時点で8840万回を越えている。コメントも7400件と非常に多い。それだけ広く愛されている曲なのだろう。

 

「もうひとつの土曜日」

1985年リリース「LONRYー愛と言う約束事」のカップリング曲として収録

作詞/作曲/歌唱:浜田省吾

<歌詞>

  昨夜眠れずに/泣いていたんだろう?/彼からの電話/待ち続けて

  テーブルの向こうで/君は笑うけど/瞳ふちどる/悲しみの影

 

  息が詰まるほど/人波に押されて/夕暮れ電車で/アパートへ帰る

  ただ週末の僅かな/彼との時を/つなぎ合わせて/君は生きてる

 

  もう彼のことは/忘れてしまえよ/まだ君は若く/その頬の涙

  乾かせる誰かが/この町のどこかで/君のことを/待ち続けてる

  woo...  振り向いて  oh... /woo ...  探して捜して

 

  君を想う時 /喜びと悲しみ/ふたつの想いに/揺れ動いている

  君を裁こうとする/その心が/時におれを/傷つけてしまう

 

  今夜町に出よう/友達に借りた/オンボロ車で/海まで走ろう

  この週末の夜は/おれにくれないか/たとえ最初で/最後の夜でも

  woo... 真っすぐに  oh...  / woo...見つめて見つめて

 

  子供の頃君が/夢見てたもの/叶えることなど/出来ないかもしれない

  ただいつも傍にいて/手をかしてあげよう

  受け取って欲しいこの指輪を

  受け取って欲しいこの心を

 

 

曲名も分からずに聞いていた時には、「他の男性に失恋した女性を始めは慰めていたが、最後にその彼女にプロポーズする曲か。フーンなんかなぁ~」と安直な恋のように思えて、イマイチ共感できなかった。

 

その後歌詞を見て何度も聞いていたら、片思いの幼馴染の女性への想いを言えない純粋で不器用な男を歌った曲と分かった。

 

彼女がほかの男性を想って泣いていることに気付いていても、男は彼女の想いを気遣って何も言えないでいる。心の中では「もう彼のことは忘れてしまえよ、君を泣かせることなく笑顔にしてくれるような男性がこの町のどこかで待ち続けている」と叫び「一番身近にいる自分に気付いて欲しい」と願う。

 

そして、「今彼女が恋している相手とは、幸せにはなれない」と決めつけることは、「彼女の幸せを願っているようでいて、本心では自分の願いを叶えたいだけのエゴではないか」と葛藤する姿も正直に歌っている。

 

彼女を愛するがゆえに自分の気持ちを隠していた男が、意を決して彼女を海に誘い、「たとえ最初で最後の夜」になるとしても逃げずに自分の想いを伝えようとする。

 

良質な短編小説のような筋立てで、何回も聞いているうちこの男性に共感を覚えるようになった。

 

リリースしてから41年経ってはいるが、全く古くささは感じられない。遅まきながら珠玉のバラードに巡り合えて満足している。

 

 

それから、浜田省吾と聞いて思いだすのは、K君のことだ。

K君は、私が在職中ある電力会社の公害防止プラントプロジェクトに携わっていた時、私の下で働いてくれたT大出の有能な社員だった。

 

職場の飲み会で、熱烈な浜田省吾ファンの若い女子社員が浜田のことを熱く語っていた時、K君が「オレ、浜田省吾に似てると言われているんだ」と言うと、「Kさん、止めてください!ハマショウ(浜田省吾)のイメージが壊れます」と女子社員からクレームを付けられ、彼は苦笑いをしていた。

 

その時私は浜田省吾の顔は知らなかったので、何とも言えなかったが、K君はイケメンでもあったので、逆に浜田省吾はK君のような顔であろうと想像したものだ。

 

K君は趣味も高尚でオペラ鑑賞だったが気取った所は無く、気さくで周りからも好かれる好青年だった。

 

 

最後に、浜田省吾本人ではなく、女性の宮苑晶子(みやそのしょうこ)がカバーしている「もうひとつの土曜日」もなかなか良かったので添付します。

 


www.youtube.com

 

 

 

                  ー了ー

 

 

「塩谷亮」展

1月のNHKEテレで放送された「高島野十郎」の翌週の日曜美術館アートシーンで「塩谷亮 刻を描くリアリズム」展が紹介された。

 

放送で目にしたマスクをした少女の作品は一瞬写真かと思ったが、緻密に描き込まれた絵画であるという。

 

              <2020春日>

 

 

「瞳の潤い、柔らかな眉毛、髪の毛の艶、リアルな描写から時代の緊張感までもが伝わるかのよう」と番組のナレーションは続いた。

 

人物だけでなく窓の外の背景も実に細かく描かれている。

 

 

この絵画を描いたのは、写実画家の塩谷亮で、彼の30年の画業をたどる展覧会が東京新宿の佐藤美術館で2月15日まで開かれているという。早速、実物をこの目で見てみたいとの欲望が募り、2月10日(火)に美術館を訪れた。

 

中央総武線千駄ヶ谷駅で下車し、スマホ地図を頼りに美術館を目指す。歩道ではほとんど人に会わず、約10分で目的地に着いた。時刻は10時半、ここは新宿御苑と慶応大学病院の中間の閑静な場所に位置し、ビルの2階が受付、3階から5階が展示室となっている。

 

 

受付でをチケットを購入して、展示室に入る。平日の開館直後であったので、会場はガラガラの状態かと想像したが、意外と入場者が多くて驚く。女性が7割位と多かった。写真撮影は一部の禁止作品を除いて、ほとんどOKということで有難い。

 

パンフレットには、塩谷亮は1975年東京生まれ、1998年武蔵野美術大学を卒業、2008~2009年イタリア留学と記載されている。塩谷は、現代写実絵画の先駆者であり牽引者でもある森本草介野田弘志、青木敏郎らに続く次世代の旗手として注目されているとも書いてあった。

 

本展覧会は、6つの章に分けて展示されている。

第1章「刻を描く」第2章「気を描く」 第3章「初期作品」 第4章「揺らぎの中で」

第5章「東洋と西洋」第6章「絵の生まれる場所」である。

 

第1章の「刻を描く」は、この展覧会のタイトルにもなっていて、その時々の社会事象を人物の沈黙を以て描き出している作品群だ。戦火の母国を想うウクライナの少女をモデルにした作品や、先に記したテレビで放送されたマスクの少女<2020春日>がここに展示されていた。コロナ禍の日常を少女のまなざしに託し描いたものと解説されていた。

 

第2章の「気を描く」では「気配」や「空気」「感情の揺らぎ」等を表現した作品を集めている。

 

 

               <奥会津霧景>

 

これは、花鳥風月や雪月花と言われる日本人の美意識を投影した心に残る作品だ。

 

塩谷亮は自分の絵画について次のように言っている。

 光の移ろいの中に宿るものを、五感を通してすくい上げ、絵の中に描き留めたい。

 自然に触れるひと時や、人物に向き合う時間が一つずつ積み重なり、やがて画面の奥       に息づく温度や気配になっていく。

 私にとっての写実とは、そうした「刻の痕跡」を手探りで確かめるように、絵の具で紡いでいく営みだと感じている。

 

 

その他、私が「良いな」と思った作品を以下に列挙します。

 

 

 

 

 

 

塩谷亮の人物、静物、風景を描いた作品群を至近距離で鑑賞し、それらは写真とは違った人の温もりを感じ感動した。満足して美術館を後にする。

 

帰りは、天気も良くそんなに寒くもなかったので、表参道まで歩くことにする。国立競技場を右に見て神宮外苑を縦断し、すっかり葉を落とした裸の銀杏並木の下を通って青山通りに抜ける。

 

 

青山のカフェレストランでランチをし、表参道から地下鉄に乗って帰宅した。

 

 

 

                 ー了ー

 

 

 

早春の一日

2月4日の立春以降急に暖かくなり、5日の天気は晴で3月下旬の陽気になると報じられた。そこで急に思い立って吾妻山へ行くことにした。

 

吾妻山は神奈川県二宮にある低山で、山頂からは菜の花越しの富士山や相模灘が眺望できる人気の山である。私はこの山へは二度訪れており今回が三回目だ。

 

私は車で出かける時は、いつも朝は未明に家を出て朝の渋滞を避けるようにしているが、今回はゆっくり朝食をとってから行ったので、出発は9時となった。案の定、街中や高速の圏央道は渋滞したが、それほど酷くなく10:20には吾妻山山麓に到着した。

 

吾妻山への一般の登山道は、二宮駅からと南の吾妻神社経由のものがあるが、私はいつも西山麓に車を停めて、地元の人しか通らないと思われる山道を利用している。この山道は案内の掲示板などは何もなく、「けもの道」のような細い道である。

 

ハイキングシューズに履き替え、軽ザックを背負って登り始める。道は狭くかなり急登なところもあり、このところ長期間雨が降っていないせいか、地面は細かい砂で覆われ非常に滑りやすい。何も掴まらないと倒れてしまうので、両脇の木の根や細い枝を握ったり、四つん這いになったりして登った。

 

悪条件ではあったが標高136mの低い山なので、40分程で山頂の東屋に着く。周りには菜の花が咲き、少し霞んではいたが富士山も眺望できた。時間もお昼ころで、沢山のハイカーや観光客が景色を見ながら弁当を食べたり団欒していた。

 

 

 

 

前に訪れた二回はいずれも9時前で、時間も早く観光客はほとんどいなかったが、今回は私にとっては人が多すぎる。人が多いのは苦手なので、山頂には20分程滞在して下山する。来た道を下るのは危険と判断して吾妻神社経由のほとんど階段の登山道を下った。

 

車に戻り次の行き先を考える。海が近いので海岸に寄ることにした。地図上では国道1号線の南は相模灘の海岸線なので、二宮近辺の海岸を目指した。しかし、海岸ギリギリに西湘バイパスが走っていて、一般の車や人が歩いて海岸には出られない。

 

 

スマホ地図で西湘バイパスの南側の海岸に行ける所を探すと、この辺りでは大磯海岸しかなくそこへ向かう。

 

訪れた大磯海岸は、広い砂浜が広がり夏は海水浴場になる所のようだ。道路から波打ち際までは、かなりの距離だ。浜には一人のお爺ちゃんが椅子に座ってじっと海を眺めていた。他には誰も居らず、波の音だけが響いていた。今日の大磯海岸の波は小さく穏やかなものだった。

 

 

私は浜辺で、寄せては返す波の音を聞きながら、ぼんやりと海を眺めている時間が好きだ。旅先の海岸でも、そのようなことが出来そうな浜辺があると行ってみる。これまでも駿河湾熊野灘日本海直江津海岸等でそんな時間を過ごした。心地よい時間だった。

 

大磯海岸で波の音を聞いて時間を送った後、帰路につく。途中ネットで見つけた河津さくらの穴場スポットへ寄ってみる。さすがにまだ早く蕾も出ていなかった。

 

 

 

                 ー了ー

 

 

 

’26年大寒の頃

昨年の夏は暑かったので、今年の冬は暖冬かと思っていたら冬も寒い。自分が年を取ったせいか、今年は今迄の冬よりも寒く感じる。1月20日大寒以後、日本列島に寒波が襲い、日本海側、北海道が大雪に見舞われた。私の居住地は連日晴れではあるが、最低気温は1月22日以降連日マイナス(1/23は-6℃)で、最高気温も一桁と暦通りの寒さが続いている。

 

今年の大寒の頃の日常です。

 

1月25日(日)

今日は大相撲初場所の千秋楽だった。

朝之山は、先場所の十両での好成績(12勝3敗)により、今初場所は東前頭16枚目で再入幕を果たした。幕下以下に二度陥落し、そこから二回再入幕した力士は史上初めてであるとマスコミにも取り上げられた。

 

初日は、欧勝海にきわどい相撲で敗れたが、その後4連勝と快調に白星を重ね、7日目には幕内唯一の全勝力士阿炎に勝って元大関の存在感を示した。12日目に若手で元気な藤ノ川を破って9勝3敗として、この時点で優勝争いの二番手につけた。「今場所は調子が良さそうだ」と大いに期待したが、13日目以降は、高安、若元春、正代と元大関クラスに3連敗し、終わってみれば9勝6敗で場所を終えた。

 

場所前の本人の目標は10勝以上で、私も最後の3力士には2勝はできると予想したので、果たせず悔しい思いをした。しかし、怪我無く15日間戦い来場所に繋げることができたので、まずは「ご苦労様でした」の言葉を捧げたい。

 

1月26日(月)

午前中に、定期的に口腔ケアをしている歯科医院へ歩いて行く。真夏の暑い時期には、たった15分程の道のりがやけに長く感じたが、寒くなると歩きも快適となり、歩行速度も速くなって医院へは、あっと言う間に着いた感じがした。

 

帰りは医院とは反対方向の公園に寄って、「ぶらさがり」をする。天気は良かったが気温が5℃前後と寒かったせいか公園には誰もいなかった。

 

帰宅して二階の陽が射しこむ部屋で、ホットミルクを飲みながらパソコンのネット記事を見て寛(くつろ)ぐ。暖房は一切使用していないが、部屋は太陽光だけで十分暖かい、背中に太陽の光を浴びていると、気持ち良くて幸せな気持ちとなり、しばし微睡(まどろ)んでしまった。

 

1月27日(火)

午前に、水道工事屋さんの浴室シャワー水栓交換工事に立ち会う。水栓の温度調節ノブがカタくなって温調がうまく出来なくなったので業者に依頼したものだ。工事前は給湯器の給湯温度をその都度変更して使用していた。

 

午後、公園へ「ぶら下がり」に行く。公園のベンチには高校生らしき男女の生徒が二人で一つのスマホを覗き込んで楽しそうに話している。女の子はミニスカートで、見るからに寒そうであったが、この寒いみそらの下の冷たいベンチでも若い二人にとっては、何のことはない楽しい居場所なのであろう。

 

「ぶら下がり」をしている雲梯に連結している螺旋滑り台を、小さな女の子が階段をよじ登って滑り降り、また階段を登ることを繰り返していた。この滑り台は2歳くらいの幼児にとっては、階段を身体全体を使ってよじ登ったり、回転しながら滑りおりるというスリルを味わえる恰好の遊具である。

 

女の子は頭の後ろに髪を二つに束ねた「おさげ」で、小走りに走ると、その「おさげ」が揺れて、とっても可愛らしい。その子は若い父親と一緒で、父親は腕を組んで、娘の成長を嬉しそうに見守っていた。

 

1月28日(水)

朝からどんよりと鉛色の空で、早朝テニスに向かう車の外気温は2℃であった。コートに立った時の体感温度は、それより更に低く感じる。今日のテニスコートはクレーの12面コートだったが、使用しているのは我々グループの1面のみだ。

 

Sさんが病院への定期通院で休み参加者は5人。5人だと休憩は4試合連続の後となる。ベンチに一人で座って待っていると身体が冷えて寒くなり、早く身体を動かしたくなる。いつもはプレイの始め、寒くて沢山着込んだ衣類を、身体が温まると一枚ずつ脱いで軽装にになるのだが、今日は最後まで汗は全くかかず、衣類も一枚も脱がなかった。

 

午後はS卓球へ行く。夏も冬も卓球は屋外のテニスに比べると、プレイ環境は「天国と地獄」の天国だ。プレイ初めは部屋に暖房を入れてあるが、すぐに暑くなって切る。

 

男性メンバーのKさんが先週から風邪で休んでいる。コロナやインフルエンザではないようだが、Kさんは高齢の為回復には時間がかかりそうだ。休憩時願に隣に座ったTさんとその話をしていると、一人暮らしの彼女は、運動は週2回の卓球と毎日のスポーツジムでの水泳をし、他に麻雀、カラオケ、飲み会には足しげく通っているので風邪に罹る暇がないと言っていた。元気で何よりだ。

 

1が29日(木)

夜、昔のドラマ「恋のチカラ」のCS再放送を録画して見た。これは2002年冬にフジテレビ系列で放送されたもので、私はリアルタイムでは見ていないし題名も知らなかった。

 

メインキャストは堤真一深津絵里坂口憲二、西村雅彦。主題歌は小田和正の「キラキラ」

大手広告代理店の有能デザイナーの貫井(堤)が会社を辞めて独立する。元の会社から間違って引き抜いた籐子(深津)と貫井を慕う若手デザイナー木村(阪口)そして途中から合流する営業の吉武(西村)の四人だけの小さなデザイン会社を舞台に繰り広げられる仕事と恋愛における「本当の力」を見付ける過程を描いた作品である。

 

30才の籐子が新会社で仕事と恋に奮闘する姿を深津絵里が可愛らしく演じている。彼女のお酒に酔った時の演技は抜群に上手い。

 

1月30日(金)

リハビリステーション(リハメンテ)へは、毎週8時半に到着するように歩いて通っている。今朝のこの時間は0℃と寒い。

 

始めの2時間はストレッチをメインにした身体の各部の運動である。これまで男性の理学療法士の考案したメニューでしていたが、私の担当が女性の理学療法士となり、メニューが大幅に変更となった。新メニューは今まで使っていなかった筋肉(例えば太腿内側筋等)を鍛えるための動作となり、慣れるまでに少し時間がかかりそうだ。

 

リハメンテでの運動の後、「ぶらさがり」」に公園へ寄る。晴れていたが今日も寒く誰もいなかった。

 

1月31日(土)

午前中にスーパーへ買い出しに行く。入り口には節分の大きな鬼の面が飾り付けられている。魚売り場には、節分用なのか幾種類の鰯の丸干しが並べられていた。

 

買い物を終えた時、入店時に見かけたレジのHさんの姿が無い。古参の店員さんにレジを打ってもらった。私は何も言わないのにその店員さんが「Hさんは今日早く帰りました」と教えてくれた。Hさんのお父さんの具合でも悪いかと気になった。

 

来週は3日が節分、4日が立春だ。この冬は寒いので、いつにも増して春が待ち遠しい。

 

 

 

                 ー了ー