秋の雲

先週のある日の正午頃、いつもの様に公園でぶら下がりをしていてふと空を見上げると、真っ青な空に白い筋状や綿状の雲がゆっくりと流れていた。雲だけ見ると一見静止しているように見えるが、地上で止まっている木の枝と雲を重ねて見ると、はっきりと動いている。

 

雲の名前は分からない※が、明らかに秋の雲で、かなり高いところを移動しているようだ。地上からはとてもゆっくりに見えるが、雲のある上空はかなり早い風が吹いているに違いない。空の青さと真っ白な雲の対比が美しく、雲は音を全く立てずに流れている大河の様で、その流れている様は実に壮大で、久し振りに心が洗われる気分になった。

※多分、すじ雲(巻雲)やひつじ雲(高積雲)だと思われる。

 

この時スマホを持参していなくて、写真に撮っておくことが出来ずに悔やまれた。写真素材サイト「写真AC」  に、この時見た雲と似た雲の写真があったので、参考までに掲載させてもらいます。

 

       写真ACより リハ―ルさんの作品「雲 空 秋空」 

 

 

ぶら下がりを一旦止めて、しばらく空を見上げていた。いつもは母親に連れられた幼児や、夕方には低学年の児童で賑わう公園も、この時は私以外誰も居らず、公園外の車の音も聞こえず、静寂に包まれていた。そこには乾いた爽やかな風が心地よく吹いていた。

 

雲梯の周りには大きな松の木やクヌギの木があり、上を見上げると周囲をそれらの木々が丸く囲み、まん中の大きな丸い円が紺碧の空になっている。その中を真っ白な雲が滔々と流れている。ここで空を眺めるのも良いが、広い芝生に大の字に寝転んでこの景色を眺められたらどんなにか気持ちが良いことだろうかと想像した。

 

そして、この雲を眺めていたら、山村暮鳥の「おうい雲よ」という詩が頭に浮かんだ。

 

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          「おうい雲よ」  山村暮鳥作

 

おうい雲よ

いういうと 馬鹿にのんきさうぢゃないか(ゆうゆうと馬鹿にのんきそうじゃないか)

どこまでゆくんだ

ずっと磐城平(いはきだひら)の方までゆくんか

 

「雲」を「おーい雲よ」とひとりの友達のように擬人法で呼びかけ、「どこまでゆくんだ」「磐城平の方までゆくんか」と会話調で構成していて読者に親近感を覚えさせている。

 

短くてあっけなく思われるような詩であるが、この詩の背景には、暮鳥の壮絶な闘病生活と人生観が隠されているという。

 

暮鳥は、当時結核を患い茨城県大洗で療養生活を送っており、病気で自由に活動できない暮鳥にとって、大空を「ゆうゆうと」「のんきそうに」流れていく雲は羨ましくて仕方のない存在だったに違いない。

 

自分の力ではどうにもできない死というものを受け入れて、自然に任せて流れる雲に自分の境遇を重ね合わせてこの詩が生まれたと解釈されている。この「おうい雲よ」の詩が収められた詩集「雲」は暮鳥が40才で亡くなった直後に刊行された。

 

ちなみに、「磐城平」は現在のいわき市で、暮鳥が若く元気だったころ、生涯の友となる詩人たちや暮鳥を師と慕っていた女性詩人と出会ったところで、彼が最も輝いていた思い出の場所である。

 

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大人になってから、空を見上げて雲の動きをじっくりと見るようなことは今まで無かったので、今回の雲の観察は新鮮な体験だった。これからも記憶に残る「秋の雲」だったと思う。

 

 

 

 

                 ー了ー

  

 

 

AI相談

YouTubeのネットサーフィンをしていて、「最近の研究でAIに相談する人ほど不幸になる」という動画があって、興味を惹かれたので視聴してみた。

 

これは、今年の3月にサイエンス誌に掲載されたアメリカのスタンフォード大学とカーネギーメロン大学の論文の内容を紹介したものだ。

 

研究者たちは、計算のような答えが一つではない複雑な問題(例えば、友人との揉め事、恋人との喧嘩、職場での人間関係等)を人間とAIに同時に投げかけて、その回答を分析した。

 

その結果、人間の回答が相談者に対して批判的であるような問題に対しても、AIは相談者の気持ちを全肯定し、励まし共感のメッセージを送っているケースが多くみられた。9000件の相談の内、約半数がAIは相談者に対して「迎合的」な答えを出していることが判明した。

 

人間には元々、自分にとって都合の良い結論を信じたくなる「自己正当化確証バイアス」というものがあって、正しい答えを探しているつもりでも、実は自分が傷つかない答えを知らない間に捜している。

 

自分を肯定してくれる人間を「良い人間」「信用できる人間」と思い、正論を言ってくれる人間には「冷たい人間」「信用できない人間」と思う傾向にある。

 

相談者に非があるような場合でも、「あなたは悪くない、あなたには悪げが無かった。あなたの考えも一理あります」とAIが過度に迎合することで、その相談者は「自分は悪くなかった」と自分を正当化してしまい、そのAIを信用して今後も使いたいと思うようになる。

 

これは、「裸の王様」現象である。相談者が王様で、AIが「イエスマン」の取り巻きなのだ。今までは「裸の王様」は、一部の権力者や一握りの成功者だけが陥りやすい現象であったが、今や、世の中には過度に肯定してくれるAIが溢れている。誰にでもはまり込む要素がある。

 

AI企業は迎合的なコメントを止めない。それは、AIに肯定的に返答させれば、又そのAIを使ってもらえるからだ。

 

それでは、対策はどうしたらよいか?それは、AIに相談する際、「こちらのマイナス面も含めて指摘してくれ」と依頼することだ。

 

例えば、他人とトラブルがあった時、「これってどう思う?」と質問するだけでなく「相手の立場に立って、私に非があればそれも指摘して欲しい」と追加する。

それによりAIは「イエスマン」から優秀な「アドバイザー」に進化してくれる。

 

 

以上がYouTube動画の内容である。

 

最近の若者は悩み事がある時、両親や友人といった人間ではなく、AIに相談しているとよく言われる。耳に心地の良いAIの回答を信じて、彼らが独善的な考えに陥ってしまわないかと気になるところだ。

 

私も去年AIの「迎合的」回答を体験した。それは、私が初めて短歌を作り、自分で「我ながら良くできた」と自惚れてAIに評価を依頼した。すると、その評価は良いことばかり書いてあり、何か不自然な感じがしたので、再度この短歌の問題点や改善点を指摘するよう質問した。

 

その回答は、私の稚拙な短歌を、かなり辛辣な言葉で批評していた。私は、「これが一般的な評価だな」と納得したが、同時に「AIは質問者から、問題点も併せて指摘するよう要求されない限り、質問者に耳当たりの良い回答をするんだな」と実感したものだ。

 

AIへ相談する時は、客観的な正しい回答を得る為に、必ずこちらの問題点をも指摘するよう要求することを心掛けたい。

 

 

 

 

                  ー了ー

 

 

寒露/霜降

去年の夏が猛烈な暑さだったので、今年もその再来かと身構えて夏を迎えた。夏の始めは暑い日もあったが、8月のお盆を過ぎた頃から、日本列島を秋雨前線が張り付いて長雨が続いた。雨は鬱陶しかったが、そのお陰で去年のような初秋の暑さは避けることができた。

 

10月も中旬となり、全国的に気温はまだ平年より高めのようだが、大分秋らしくなってきた。カレンダーを見ると、10月8日は二十四節気の「寒露」、10月23日は「霜降」とある。

 

『暦生活』で「寒露」「霜降」と、七十二候の記事を読んでいたら、いかにも秋らしい言葉や事項に溢れ、秋に浸ることができた。以降は、ほとんど『暦生活』の内容であるが、そのまま転記します。

 

1. 寒露(10月8日~22日)

夜が長くなり、露が冷たく感じられる頃。朝晩の冷え込みはきつくなるが、空気が澄んだ秋晴れの過ごし易い日が多くなる。夜空を見上げるとより美しく綺麗に輝く月が見られる。

 

<七十二候>

・初候 鴻雁来(こうがんきたる)(10月8日~12日)

燕と入れ違いに雁が北から渡ってくる頃。毎年初めに訪れる雁を「初雁(はつかり)」と呼ぶ。

 

・次候 菊花開(きくのはなひらく)(1013日~17日)

菊の花がさくころ。各地で菊の展示、菊祭り、品評会が行われる。菊には不老長寿の薬効があるとされ、旧暦9月9日の重陽の節句には、菊の花を酒に浮かべた菊花酒を飲む風習があった。

 

     写真ACより 「菊花展10 厚物」  watanos さんの作品

 

・末候 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)(10月18日~22日)

蟋蟀が戸口でなくころ。この候の蟋蟀は鈴のような音色を響かせるツヅレサセコオロギだと言われている。

 

<旬の物>

・栗 : 国産の栗は中国やヨーロッパの栗よりも大粒で風味が良いとされている。シンプルに茹で栗や栗ご飯がお薦め。

 

・はたはた:秋田の郷土料理には無くてはならない存在。ぶりこと呼ばれる卵には、旨味が濃縮されているのでねっとりと濃厚である。

 

・青梗菜(ちんげんさい):和名は「体菜(たいさい)」と呼ばれている。原産地の中国では3000年も前から食べられていた。

 

・柘榴(ざくろ):6~7月に花を咲かせる柘榴は10月が食べ頃。国産品は酸味が強い。

 

 

2. 霜降(10月23日~11月6日)

朝晩の冷え込みがさらに増し、北国や山里では霜が降り始める頃。露が霜に変わり、だんだんと冬が近づいてくる。

 

<七十二候>

・初候 霜始降(しもはじめてふる)(10月23日~27日)

氷の結晶、霜が初めて降りる頃。昔、霜は雨や雪の様に空から降ってくると思われていた。そのため霜は「降る」という。

 

・次候 小雨時施※(こさめときどきふる)(10月28日~11月1日)

※原文の「小雨」は雨冠の下に妾と書いて「こさめ」と読ませる漢字であるが、このブログからは漢字変換できなかったので、「小雨」とした。

 

パラパラと通り雨のように雨が降り始める頃。初時雨は人々や動物たちが冬支度を始める合図と言われている。

 

・末候 楓蔦黄(もみじつたきばむ)(11月2日~6日)

もみじや蔦が色づいてくる頃。葉が赤色に変わることを「紅葉」黄色に変わることを「黄葉」、秋の山が紅葉することを「山粧う(よそおう)」という。

 

        写真ACより 「湖・紅葉」 花散歩さんの作品

 

<旬のもの>

・鮭: この時期の鮭は「秋味」と呼ばれ、産卵のために故郷の川に戻ってくる。

 

・柿 :甘柿は大きく四角い形をし、渋柿は先がとがっているような形をしている。渋柿も焼酎に漬けることにより渋みを抜くことができる。

 

・生姜:身体を温めて、免疫力を高める効果のある野菜。

 

・紫式部:紫色の実と緑の葉が鮮やかな紫式部。花言葉は「上品」名前の由来は、あまりにも美しいことから、源氏物語の作者「紫式部」の名前がついた。

 

写真ACより 「どことなく高貴な印象のムラサキシキブの花」 kanchanさん」の作品

 

 

「霜降」は秋の二十四節気の最後で、次は「立冬」となり、暦では冬の季節となる。

 

 

 

 

                  ー了ー

 

秋を訪ねて

10月7日の水曜日、9月の長雨で一ヶ月中止となっていたテニスが、久し振りに開催された。コート周りに植えられたキンモクセイは、盛りは過ぎたのか、花はつけていたが例年のような強烈な甘い香りは漂わせてはいない。この日はテニスはできたが、天候は曇りですっきりしない一日だった。

 

翌10月8日の木曜日、資源ごみを出しに外に出ると、雲一つない真っ青な空が広がっていた。

 

 

「こんなに素晴らしい青空を見るのは何日ぶりだろうか?」と嬉しくなって、この日予定していた洗濯と布団干しの家事は後回しにして「秋を訪ねて久しぶりにドライブしてみよう」と急に思い立つ。

 

慌ただしく仕度をして10時に家を出る。ドライブに行く時はいつも早起きして早朝に出発するので、こんなに遅い出発は珍しい。車を運転しながら、「さて!どこへ行くか?」と頭を巡らす。高速に乗れば遠出もできるが、帰りが遅くなり明日のリハメンテにも差し支えそうなので、近場の道志川周辺にする。

 

道志川の右岸から川を渡って牧馬峠を目指す。峠の道路は狭く、約100mの区間の入り口出口に約2m幅の鉄製の門が立っていて、ダンプなどの大型車両は通行できない。私の車はミラーを納めてギリギリで通過できた。峠を下ってしばらくすると。アスファルトの道路を一匹のヤギが歩いていてびっくりした。近くの家で飼われているヤギであろうか?囲いを破って逃げてきたのだろうか?と想像する。

 

 

この辺りは石老山の南麓に位置し、東海自然道の標識もあった。この道は何度も通っているが、今回初めて知った。

 

 

山間の田舎の道をゆっくりとのんびり走る。道端に、コスモス、ススキ、キンモクセイと何れも群落ではないが、秋の定番の草や木の花が青空の下に咲いていて、秋を感じることができた。

 

 

 

 

 

道志川の河川敷にあるキャンプ場に併設された日帰り温泉に寄る。

 

 

温泉は源泉風呂、大浴場、サウナと屋外の露天風呂からなっている。源泉は地下深くから汲み上げているようで、体温程度のぬるい湯だ。露天風呂からは柵越しに周りの低い山々を見渡せるが、この辺りでは紅葉は無理のようだった。

 

風呂から出て食堂で、かき揚げ付ざるそばと糠漬けを注文する。出てきた糠漬けに白い粉を見付けたので「味の素?」と訊くと厨房のオバサンはそうだと言う。私は自然のママの方が良いが、オバサンが「洗いましょうか?」と言うのでそれは断った。

 

ざるそばは期待していなかったが、コシがあって結構美味しかった。温泉に入ってざるそばを食べてお茶を飲み、ゆっくり寛いでここに2時間程滞在する。

 

帰りは来た道とは全く違うルートを通る。去年も訪れた田圃に寄ってみる。ほとんど稲刈りは済んでいたが、まだ2割程残っていた。

 

 

夕方になり日が陰って良い写真が撮れなかったが、道中に柿畑もあって、黄色い実をつけていた。

 

 

又、道端に黄色や白の小さな花がいっぱい咲いている所があり、何の花かとグーグルレンズで調べると、「ポーチュラカ」とのこと、この花の咲く時期は一般に5月~10月ということなので、今、今年最後と咲いているのだろう。

 

 

最後にぶら下がりをして帰ろうと、家の近くに公園によると、小学校2~3年と思われる学童が20人程雲梯の周りにたむろしている。時刻は4時半ころ、今日は久しぶりに良い天気だったので、子供たちも屋外で遊びたかったのだろう。雲梯の梯子の上に乗っている子も数人いた。とてもぶら下がりの出来る状態ではない。今日のぶら下がりは諦めてそのまゝ帰宅する。

 

急に思い立って小さなドライブを試みた。紅葉の赤や黄色には巡り合えなかったが、長雨で塞いでいた気持ちが晴れて、青空の下、秋を感じることができた一日だった。

 

 

 

 

                   ―了ー

 

 

 

 

’26年秋場所の朝之山

大相撲秋場所が9月13日から9月27日まで両国国技館において開催された。

 

二度、三段目迄陥落し、そこからから這い上がって今年の初場所で再再入幕を果たした朝之山は、成績を二桁(10勝)以上とし、早く小結以上の三役に復帰することを目標にしている。

 

朝之山の初場所以降の成績は、

初場所:9勝6敗、春場所:8勝7敗、夏場所:7勝5敗3休、名古屋場所:9勝6敗

といずれも後一歩のところで、目標の二桁に届かない。そして毎場所、前半は好調で早い段階で勝ち越しの8勝をあげるが、最終盤に崩れて10勝が出来ない。

 

先の名古屋場所では、十日目で8勝2敗と次も勝てば幕内の優勝戦線に加わるというところで、2連敗して優勝争いからは脱落し、更に千秋楽で高安に勝てば念願の二桁というところで負けてしまった。

 

悔しい思いは本人が一番しているはずで、秋場所直前には、幕内力士6人(熱海富士、義ノ冨士、尊富士他)を抱える伊勢ケ浜部屋へ出稽古に出向いて本番の調整に励んだ。

 

秋場所の朝之山の番付は、東前頭6枚目である。

 

この番付の取組は、中入り後後半の5時前後に組まれることが多い。その時間のNHK相撲中継は丁度5時のニュースに重なり、ニュース中は仕切りが中断されたり、取組後の正面からと向こう正面からのビデオ映像が省略されることが多い。

 

九日目の隆の勝戦では、ニュースが終わった時には勝負がついた後で、生で見ることが出来ず、録画での放送だった。私は、朝之山が土俵に上がってから蹲踞、四股をし仕切りをして勝負するまでと勝負後のビデオを全部見たい。今場所はニュースと重なる時は毎回モヤモヤしていた。

 

 

<秋場所の朝之山(東前頭6枚目)の星取表>

 

          対戦相手          決まり手     勝敗         

初日     前頭6枚目   一山本      寄り切り      〇    

二日目    前頭7枚目   錦富士      すくい投げ     〇     

三日目    前頭5枚目    狼雅       押し出し     ⚫

四日目    前頭5枚目   欧勝馬      上手投げ      〇

五日目    前頭8枚目   尊富士      突き落し      〇

六日目    前頭8枚目   平戸海      突き落し      〇

七日目    前頭7枚目   藤青雲      肩透かし      ⚫

中日     前頭9枚目    獅司      寄り切り      〇      

九日目    前頭4枚目   隆の勝      引き落とし     ⚫

十日目    前頭13枚目   阿炎       押し出し      〇

十一日目   前頭10枚目   金峰山      寄り切り      〇

十二日目   前頭3枚目   美ノ海       寄り切り     〇

十三日目   関 脇    熱海富士      寄り切り      〇

十四日目   関 脇     藤ノ川      突き落し      ⚫

千秋楽    前頭2枚目   義ノ冨士      寄り倒し     ⚫

 

 

・初日の対戦相手は、一山本が組まれた。二年前の名古屋場所の一山本戦で朝之山は左膝の大怪我をして3場所休場し、三段目迄陥落した因縁の相手だ。復帰後初めての対戦である。相撲を取ってもどうしても怪我をした時のことが 頭に浮かび相撲に集中出来ないのではないかと私は心配した。

 

結果は、朝之山が立ち合いからの一方的な攻めで一山本を寄り切り、初日を白星で飾った。朝之山にとってこの白星は、精神面で非常にプラスになったと思う。

 

・五日目までは、先場所大事なところで負けた尊富士にも勝って、4勝1敗とし序盤戦を順調に経過する。

 

・その後、藤青雲、隆の勝にそれぞれ肩透かし、引き落としで敗れたものの、十一日目に金峰山を寄り切りで破って8勝3敗と勝ち越した。今場所も朝之山は、前に前に出る相撲を心掛けていて、見ていて気持ちが良い。

 

・終盤戦となり、好成績の力士は星を潰し合う取組が組まれるようになる。十二日目に朝之山は、相星の美ノ海を寄り切って9勝3敗とし、秋場所の優勝戦線に名前が登場するようになった。この時点でトップは1敗の横綱大の里、2敗はいなくて3敗が大関安青錦、関脇藤ノ川そして朝之山である。

 

・十三日目、朝之山は今場所初めて役力士と対戦することとなった。相手は198㎏の巨漢の関脇熱海富士だ。熱海富士は今場所11勝以上すると大関に推挙されると予想され、ここまで4敗しているのでこの一番は是非とも勝ちたいところだ。朝之山の熱海富士とのこれまでの対戦成績は朝之山の2勝1敗である。

 

取組は、立ち合い先に手をおろした朝之山は、熱海富士を迎え撃つように真っ向勝負でぶつかると、素早く前まわしを掴んで右四つに、そこから渾身の力で寄り切った。朝之山の圧勝である。私はテレビで見ていてその瞬間バンザイを叫んだ。

 

勝った朝之山は10勝3敗とした。十三日目を終わってこの日大の里と藤ノ川が敗れたので、優勝争いは2敗の大の里、3敗の安青錦、朝之山の三人に絞られた。

 

・十四日目の対戦相手は、今場所3大関を破っている新鋭の関脇藤ノ川だ。朝之山は今年の初場所で藤ノ川に押し出しで勝っているので、いつもの相撲を取れば勝てると思った。

 

取組は、朝之山立ち合い頭から当たって左から抱かえ込みながら土俵際へ攻め込む。ここで、俵に足を残した藤ノ川に逆転の突き落としを許してしまった。これで10勝4敗となり優勝戦線から脱落する。

 

・千秋楽の相手は、これも若手の義ノ冨士だ。これまでの対戦成績は1勝1敗。

朝之山は立ち合いから右四つに組むも左上手に届かない。胸を合わせて強引に前に出るが体を入れ変えられる。この後義ノ冨士の厳しい寄りを俵で懸命にこらえるが踏ん張れなかった。これで10勝5敗となって朝之山の秋場所が終了した。

 

・今場所は再入幕してから初めて目標の二桁勝利を達成できた。喜ばしいことではあるが、又もや最終盤で連敗してしまい悔しい場所となった。

 

「もし」と言う言葉が許されるならば、

①十四日目が終わった時点で、大の里と安青錦が3敗となった。もし朝之山が藤ノ川と義ノ冨士に勝っていれば、千秋楽で大の里か安青錦との優勝決定戦が組まれることになったはずである。そしてそこでもし勝てば秋場所を優勝したかもしれない。

②もし千秋楽に勝っていれば、敢闘賞を受賞できた。そして来場所は三役の小結に昇進できたかもしれない。

 

①の可能性は低いが、②は十分その可能性があった。大変惜しいことをしたが、今場所の朝之山、怪我もせずに頑張ったと思う。お疲れさまでした。

 

来場所は前頭の上位に番付も上がると思う。横綱はじめ役力士との対戦が組まれる番付だ。藤ノ川21才、義ノ冨士25才、といった若手の生きの良い力士も台頭している。朝之山32才の活躍を期待する。

 

 

 

                  ー了ー

 

 

シルバーウィーク

9月20日の日曜日の翌日から祝日が3日続き、19日の土曜日を加えると5連休となる。祝日の名前は、21日が敬老の日、22日が国民の休日、23日が秋分の日である。

 

この秋の大型連休を、春の「ゴールデンウィーク」に対して「シルバーウイーク」と名付けて、国は国内の景気浮揚を狙ったものであるが、私にはどうも納得がいかない。この連休を作るために、今年は敬老の日を21日とし、22日は「国民の休日」という訳の分からない休日をねじ込んでる。

 

国は二十数年前に法律を改正して、一部の祝日を月曜日に移動して日曜日と連休になる様にして、年ごとに日付が変わる祝日を作った。1月の成人の日、9月の老人の日、10月のスポーツの日などがそれだ。それまでの馴染んだ記念日が毎年変わるのは寂しかったり、未だに違和感を覚えている。二十数年も経っているので、若い人達にとっては全く問題なくなく受け入れられているのかもしれないが。

 

以下にシルバーウイークの日常を記します。

 

9月20日(日)、21日(月)

台風25号が関東沖を北上して主に関東地方に大雨をもたらした。その結果、連休に予定されていた関東地方の花火や各種イベントが中止となった。二日とも一日中雨だったので終日家で過ごす。

 

9月22日(火)

久しぶりに太陽が顔を出したが暑さも30℃以上とぶり返した。昼過ぎに彼岸のお墓参りに霊園を訪れる。一ヶ月前のお盆の時は、お墓を洗う水道の水がお湯のように温かかったが、「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉のように、水道水は冷たい水に戻っていた。

 

ここ数年、秋の彼岸の墓参りの後に、秋を感じたくて霊園近くの集落をヒガンバナの鑑賞に訪れていたが、今回はこの後、卓球があるので帰ることにする。

 

帰宅途中、「ぶら下がり」をしている公園に寄ってみる。「ぶら下がり」は昨日、一昨日と雨で中止したので、三日ぶりだ。毎日の習慣なので、一日でも欠けると落ち着かない。

 

帰宅後着替えて、S卓球に向かう。連休中なのか参加者がいつもより少ない。休憩中に帯状疱疹ワクチンの予防接種の話題になる。私はまだ申し込みはしておらず、接種しようかどうか迷っている。

 

9月23日(水)

今日は秋分の日だ。太陽が真東から登り真西に沈み、昼と夜の長さが同じ日である。これからは、日に日に夜の時間が長くなっていき秋も深まっていく。秋めいて陽気がよくなると、ちょっとどこかへ出かけたい気分になるものだが、今年は8月の下旬から、日本列島に秋雨前線が張り付いて、雨や曇りの日が多く、気持の良い晴れの日はほとんど無い。

 

昨日久しぶりに青空を見たが、今日はもう朝から雨で、終日降り続いた。明日からの天気予報も、明日は晴れるがその後は、雨か曇りの日が一週間程続いていた。テニスは4週連続雨天やコート不良で中止になっている。このところの天気でストレスが相当溜まっている。

 

9月24日(木)

朝から晴れて気持ち良い。気温は最高29℃と30℃近くに上昇したが、一昨日のような蒸し暑さはなく快適で過ごし易い一日だった。朝食後「ぶら下がり」をしてから、「歎異抄講座」を受講してきた。

 

昔から生きることに悩んだ偉人や作家は、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治はじめ数知れず、芥川と太宰は自死している。華厳の滝で自殺した藤村操の話が興味深かった。講師は、仏教や歎異抄には生きるヒントが内蔵されていると力説した。

 

9月25日(金)

午前中にいつものリハビリに行く。最近は雨でテニスをしていないので、このリハビリが一週間で最も運動量の多い時間だ。今日も走行マシンでたっぷりの汗をかき、シャツを着替えることとなる。

 

スタッフのYさんは、この連休に長崎へ行ってきたとのこと。「天気が悪くて大変だっかでしょう」と言うと「それが、長崎は天気良くて、観光も楽しかったし、ちゃんぽんや卓袱(しっぽく)料理も美味しかった」と報告してくれた。私はテレビのニュースを見て、連休は日本中が雨と勘違いしていた。

 

今夜は「中秋の名月」だ。夜7時頃家の外に出て東の空を見上げると、十五夜ではあるが、左が少し欠けた丸い月が輝いでいた。何年かぶりに「中秋の名月」を見た。秋を感じた。

 

9月26日(土)

今日も一日雨、午前中にスーパーに買い出しに行ったが、いつも元気をくれるレジのHさんがお休みで気が抜けた。

 

午後H卓球の帰りに、SさんとMACに行く。この一ヶ月ほどテニスがなかったり、Sさんの都合が悪くて、MACは久しぶりだ。テニスサークルの話、大相撲の話で盛り上がった。

 

 

 

 

                 ー了ー

 

 

 

 

愛燦燦

ぼんやりとAI歌手がカバーして歌う「愛燦燦」を聞いていて、「過去達は優しくまつ毛に憩う」とか「未来達は人待ち顔して微笑む」とかのフレーズに「さすが詩人が紡ぎ出す言葉は違うな~」と改めて感心した。今まで美空ひばりのオリジナルや色々な歌手の歌う「愛燦燦」を、何十回、何百回と聞いてきたが、「良い曲」とは思ったが、漠然と人生賛歌の歌と感じていたくらいで、歌詞の意味については特に深く考えたことは無かった。

 

私は昔から、楽曲の作詞家には強い憧れと尊敬を持っている。ヒット曲のサビの部分の表現はどのようにして生まれたのか興味があった。谷村新司の「昴」もその詩を生み出した谷村の才能に感服したものだ。

 

今回は「愛燦燦」の歌詞の意味について、生成AI  の解説をベースに深堀りしてみたい。

 

まず、歌詞を表記する。

 

「愛燦燦」

 作詞/作曲:小椋佳  歌唱:美空ひばり リリース:1986年(昭和61年)

 

   雨 さんさん※と この身に落ちて  

   わずかばかりの 運の悪さを

   恨んだりして

   人は哀しい哀しいものですね 

   それでも過去達は 優しく睫毛に憩う

   人生って 不思議なものですね 

 

   風 散々と この身に荒れて

   思いどおりに ならない夢を

   失くしたりして

   人はかよわい かよわいものですね

   それでも 未来達は 人待ち顔して微笑む

   人生って 嬉しいものですね

 

   愛 燦燦と この身に降って

   心秘かな嬉し涙を 流したりして

   人はかわいい かわいいものですね

   ああ過去達は 優しく睫毛に憩う

   人生って不思議なものですね

 

   ああ未来達は 人待ち顔して微笑む

   人生って 嬉しいものですね

 

※冒頭の「雨さんさんと」の」「さんさん」のオリジナルはさんずいの漢字であるが、このブログのPCからは打ち出せず、ひらがなとした。

 

1. 全体の解釈

この曲は3段階の構成となっている。

① 最初の出だしで、「雨さんさんと この身に落ちて」で人生には運の悪いことが起きたり思い通りにならないことも起きる。だから「人は哀しいものですね」と言う。しかし、過去を振り返ると、辛かったことも含めて、何故か懐かしい思い出として心に残る。だから「人生って不思議なものですね」となる。

 

②「風 散々とこの身に荒れて」で夢が叶わなかったり、努力しても思い通りにならなかったりする。だから「人はかよわいものですね」と言う。それでも、「未来があなたを待っていますよ」と微笑んでいる、だから「人生って嬉しいものですね」となる。

 

③「愛 燦燦とこの身に降って」で雨に打たれ、風に荒らされてきた人生に、今度は愛が光のように降り注ぐ。その喜びが「嬉し涙」になる。そして「人はかわいいものですね」と結んでいる。

 

「愛燦燦」を一言で説明すると、

「人生は色々あったけれど、振り返ればそれも人生。そして弱くて失敗する人間だからこそ愛おしい。だから人生は不思議で嬉しいものなのだ」とでもなろうか。

 

この歌詞は、最初から「人生は素晴らしい!」と励ましているわけではない。

つらい→弱い→それでも過去には優しい思い出がある→未来は微笑んでいる→愛に包まれる→人間ってかわいい→人生って嬉しい

という順番で少しずつ人生を肯定しているのだ。

 

2. 「過去達は優しく睫毛に憩う」

簡単にいうと、「昔のことを思い出す」ということを、小椋は、この曲で一番印象に残る言葉で表した。小椋は「目を閉じた時に過去の思い出が瞼の裏に優しく浮かぶイメージ」と説明している。「つらかった過去も、月日が経つと自分を優しく包み込む思い出になる」ということだ。

 

3.「未来達は人待ち顔して微笑む」

これも「未来には希望がある」を小椋はこの言葉を使った。「未来」は普通、人間の方から未来に向かって進んでいくものだが、ここでは、未来がこちらを待っている。しかも人待ち顔で、さらに微笑む。「過去はもう終わった。これから先にはまだ知らない未来が待っている。それは恐ろしい顔では無くて微笑みかけている」

 

4. 小椋佳の凄いところ

上記 2と3のように、普通なら説明してしまうところを、比喩に置き換えている。「過去」「未来」も擬人化して、抽象的だったものが見えるものとなり、一つの映像になる。

小椋は、過去・未来・愛.人生といった抽象的なものを人間や自然の姿に変えてしまう。

 

5. 「愛燦燦」というタイトル

人生には、雨が降る。風も吹く。人は哀しみ弱くなる。

しかし、その長い人生を振り返った時、過去は優しく自分の側にいる。

未来は自分を待っている。

そして最後に、愛が燦燦と降り注ぐ。

だから「愛燦燦」なのである。

 

 

最後に「愛燦燦」の動画を貼付します。最近のYouTubeでは、カバー曲のほとんどはAI歌手が歌っています。ここでは、元祖美空ひばり版を貼付します。

この動画はフルコーラスではなく、「風 散々と・・」の第二節が省略された仕様です。

 


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                  ―了ー

 

 

 

 

 

 

人間を見る目が「人は哀しい」→「人はかよわい」→「人はかわいい」と変化している。