鶴見駅西口懇談会

今年の桜の開花予想は、大きく外れた。2月29日にウェザーマップ社が発表した東京の予想は、開花が3月17日、満開は3月27日だった。それが、三月になってから寒い日が多くなり、開花発表は3月29日と二週間近くも後ろにずれこんだ。

 

コロナ禍の期間中、昔の会社の仲間と定期的に開いていたオンライン懇談会が、飲食自粛が解除されたので、今年は花見を兼ねて対面で開催されることとなった。日取りは当初4月5日を予定していたが、この日だと桜も散った後になると予想され、3月28日に前倒しされた。

 

ところが、開花は遅れ、3月28日はまだ桜も蕾の状態だったので、懇談会は花見を中止して会食だけに変更された。

 

懇談会のメンバーは7名であるが、その内の一人から開催前に、本人の脊柱管狭窄症の症状が悪化して欠席とのメールが入り、残りの6名で行った。

 

昔勤めていた会社は横浜鶴見にあり、今回の懇談会会場はJR鶴見駅西口の中華料理店である。

 

開催当日の待ち合わせ場所時間は、JR鶴見駅西口改札前、11:50であったが、30分程早く到着したので、西口を出て駅西口周りを歩いてみた。

 

私は結婚当初、鶴見駅北方の社宅に住んでいて、通勤にはこの西口から発着するバスを利用していたので、この辺りは懐かしい。しかしこの西口に最後に降り立ったのは、約20年前で、その20年の間に駅前風景は激変していた。新しいビルが幾棟も建ち、私が通っていた頃の面影は全く残っていなかった。

 

社宅の周りにはお店が少なかったので、ボーナスの後などに、夫婦で西口のお寿司屋さんを訪れた。そこで、当時NHKテレビのクイズ番組に出演していた作詞家の先生(名前は忘れた)に遭遇した。

 

鶴見は線路の南側は、小さな工場や民家が密集しているが、北側の丘陵地帯の住宅地には、東芝IHIの社長から経団連の会長になった土光敏夫さん、映画評論家の淀川長治さん等の有名人が多く住んでいた。

 

また西口近辺には広大な曹洞宗大本山總持寺があり、その墓地には「石原裕次郎」が眠っている。

 

  写真ACより   @ぶらいあんとさんの作品  <總持寺大祖堂>

 

 

話を元に戻すと、昔西口駅前にあった飲食店は、再開発されたビルの中に入っていた。今回の懇談会会場の中華料理店も集合ビルの地下にあったが、昔は3階建てくらいの自前ビルだったような気がする。昔は町中華屋さんだった別の店も、今は高級中華料理店となって、同じビルに入って営業していた。

 

その店が町中華屋さんだった頃、忘年会の二次会か三次会で上司とその店に寄り、お酒をしこたま飲んで酔いつぶれてしまった。その上司にタクシーで鶴見から当時住んでいた小田急百合ヶ丘の寮迄送ってもらった。若気の至りと言うか今思うと恥ずかしい限りだ。

 

 

懇談会は、お店に6名全員が定刻までに集まり始まった。前回対面で行ったのは「谷根千(東京の谷中、根津、千駄木)」以来なので6年振りだ。コロナ禍の期間中はオンラインで懇談していたので、それほどのタイムラグは感じなかった。しかし、やはり対面で会って話をすると言うのは、お酒も飲めてオンラインよりも勝っていると思う。

 

6名がYさんから順にそれぞれ近況を報告する。

 

Yさんは前回のオンライン懇談会の時に、目の視力が急激に落ちて、生活にも支障をきたし憂慮していると話された。今回の報告では、その後大学病院で治療してほぼ前の状態に回復したと報告された。

 

私は前回の報告以来、ずっと気になっていたので、今回の話を聞いて凄く嬉しかった。なにしろYさんは私が入社以来お世話になっている特別な先輩なので、Yさんにはいつまでも幸せでいて欲しいと願っているからだ。

 

Kさんは奥さんの介護をしながら生活しているそうだ。私も伴侶の介護経験があるが、私の場合はまだ若かったのと、その期間が短かったので、そんなに苦労は感じなかった。

 

Kさんのところは、娘さんがよく来て、料理の作り置きをしたりして助けてくれるそうだ。奥さんは週3回デイサービスに行っているので、その間は、Kさんんは自由になれると言っていた。Kさん自身が体調を崩されぬように陰ながら応援している。

 

次は私の番で、「週二回のテニスと週二回の卓球と週一回のリハビリトレーニングと週一回の食料買い出しの繰り返しで時が経っている。お陰様で身体は今のところ異常はない」と毎回同じことを話した。皆さんにお伝えするようなトピックスがなくて心苦しい。

 

Tさんは名古屋に在住している。京浜地域で開催される懇談会にも、毎回名古屋から参加してくれている。遠路はるばる来ていただき感謝だ。

 

Tさん宅と私の名古屋の実家は比較的近くなので、かなり前に私が名古屋へ行った時に名古屋の池下で会食したことがある。その後は名古屋へ行くたびにTさんのことを思い浮かべるが、その機会が無かった。次回名古屋へ行く時は、是非名古屋で再会したい。

 

メンバーの全員が年を取り、それなりに老けてきたが、Hさんは若いころとほとんど同じ外見で若々しい。「この人の時間は止まっているのか?」と羨ましくなる。仕事もメンバーの中では一番遅くまで続けていた。今は趣味の神楽や竹笛作りに精を出している。

 

Mさんはこの会の幹事を、労をいとわず毎回続けてくれており、感謝である。Mさんは畑での野菜作りや、毎週プールへ行って泳ぎ、時々登山ををして、数年前腰痛に悩まされたが、今は治り健康的な生活をしている。

 

以上が6名の近況報告だ。

 

懇談会が終了して、私が会計係なので支払いを済ませている間に、皆さんは先に店を出て駅に向かい、私が遅いので、来た電車に乗ってしまったらしい。駅とホームを捜したが誰もいなかった。Tさんとは新横浜迄一緒に帰ろうと思っていたので、当てが外れた。

 

今後は、対面の懇談会を年に一回程度開催し、オンラインは適宜開くこととなった。