7月19日、20日、21日の三日をかけて、「黒書院の六兵衛」全6話(6時間)を見た。
浅田次郎原作の江戸城無血開城を舞台とした時代小説をドラマ化したものだ。
この作品は、2012年~2013年、日本経済新聞の連載小説として掲載され、
その後日本経済新聞出版社から単行本、文藝春秋社から文庫本として発売されている。
2018年にWOWOWがテレビドラマ化し、今年7月にシネフィルWOWOWが再放映し、
私はそれを録画して見たのだ。
時は幕末慶応4年3月、西郷隆盛と勝海舟の会談により江戸城の無血開城が決まり、
その準備で大わらわの城内に、一人の旗本(的矢六兵衛)が一言も発せず正座して
居座っている。
官軍側から、開城の先遣隊長として送り込まれたのが、尾張藩下級藩士(加倉井隼人)
ドラマは、この六兵衛と加倉井を軸に展開していく。
加倉井は六兵衛を力ずくで排除はできない。それは、六兵衛が剣の達人であること、
数日後に、天皇が入城される場所での悶着は厳禁と西郷に言われているからだ。
六兵衛は、一切口を利かず座敷に正座し続けるが、その姿は威風堂々として美しい。
加倉井は色々と説得を試みるが、埒が明かない。その内六兵衛は居座る場所を次々と
格式の高い部屋へと移動していく。最後は江戸城中枢、将軍御座所「黒書院」に居座る
ことになる。
六兵衛は居座り続ける間に、西郷隆盛、天璋院篤姫、尾張藩主、大村益次郎、
木戸孝允等に会うことになるのだが、礼は尽くすがひれ伏すことはなく、
背筋を伸ばして相手の顔を見据え、無言を通す。
加倉井は六兵衛と暫く時を過ごすうちに、六兵衛の武士道を貫き通す姿に共感する
ようになっていく。
最後に入城した天皇と対面した六兵衛は、平伏したのち無言のまま退城する。
物語はこれで終わりで、六兵衛の素性、正体、居座りの目的は最後まで謎のままで
明かされることはない。
作者浅田次郎は「読者・視聴者が考えろ」と言っているのか?
私が考えるに、それまで頑なに居座り続けていた六兵衛が、天皇に対面後退城していることから、居座りの目的は、天皇に武士の矜持を示すことだと思う。
江戸幕府が終焉し、これから新しい時代が始まるが、将軍に代わる江戸城の新しい主
天皇に武士道の何たるかを示したかったのではあるまいか。
主役の六兵衛を演じたのは、ロックシンガーでもある吉川晃司さん、このドラマには
適役だ。吉川さんは、私は見ていなかったがNHKの大河ドラマ「天地人」の織田信長役
で出演していたという。信長役は似合いそうだ。
吉川さんはこのドラマで、1話から6話までの6時間の内、セリフは物語の最後に
発するに下記の二言だけだ。
「世話をかけ申した。許せ」
「物言えばきりが無い。しからば身体に物を言わせるのみ」
あとは一切黙して演じ切っている。台本はト書きで埋まっているのだろう。
そんな台本を見てみたいものだ。
吉川さんは、ドラマでは正座のみの姿であるが、目の動き、顔の動きだけで演ずると
いうのは大変難しいことだったと思われる。
正座以外では、塩むすびと香の物だけの質素な食事をする姿、座敷内を前進、後進する時の姿が実に美しい。
吉川さんは、このドラマのために「弓馬術礼法小笠原流」の稽古を2か月半続けた
とのこと。
見終わって得心できるものでは無かったが、印象には残ったドラマだった。