昔から上村松園の描く美人画を見る度に、その品の有る清楚な美しさに魅了され、展覧会があれば是非行って本物の絵画を直に見てみたいと思っていた。上村松園は今年生誕150年で奈良の松柏美術館と大阪の中の島美術館でその展覧会が開催されていることをネットで知った。
関西は遠いなと思っていたら、東京の山種美術館でも5月17日から7月27日まで「生誕150年記念 上村松園と麗しき女性たち」の特別展が開催されることとなった。「よっしゃ!」と心で叫び早速鑑賞に出かけた。
5月20日(火)この日は朝から晴れて、気温もぐんぐん上がって東京都心も5月なのに最高気温が30℃以上の真夏日となった。出発時にはTシャツと長袖のシャツ姿だったが、すぐに上のシャツを脱いで半袖のTシャツ一枚となる。
10時少し前に、地下鉄「表参道駅」に到着、地上に出ると「表参道駅」の周りは、私には縁のないPRADA青山店を始めとする高級ファッションブランドの店が数多く存在する。
それらを横目に見ながら南東方向に進む。根津美術館を右折して首都高3号線の下を潜った南青山の道路沿いに、日本最高峰のジャズバー「BRUE NOTE TOKYO」があった。今夜の演奏は入り口に「MICHEL CAMILO TRIO」と掲示されていた。
町名が広尾に変わってしばらく行くと、左に美術館らしからぬ近代的なビルがあり、それが「山種美術館」だった。

山種美術館の創立者山崎種次は、松園と親しく交流を重ねて作品を蒐集し、日本有数の松園コレクターとしても有名である。今回の展覧会の出品作品もそのほとんどが山種美術館の所蔵である。
上村松園は、1875(明治8)年京都で生まれ、明治、大正、昭和を生き、清らかで気品に満ちた美人画を残した日本画家である。外形の美しさばかりでなく精神性を伴う独自の女性像を生涯にわたって追求し描き続けた。彼女の理想は「一点の卑俗なところも無く、清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ私の念願」と語っている。やがて美人画の名手として高く評価され、73才の時女性として初めて文化勲章を受章した。
フロントで入場券を購入し、地下の展示会場に進む。展示は松園の初期作品「姉妹」から制作年の順に晩年の円熟期に至る作品22点が並んでいた。その内の私が気に入った7点を以下に紹介します。
①「姉妹」1897~1906年頃、明治30年代 22~31才
松園が若いころから高い力量を持っていたことが分かる作品。姉妹の髪飾りや牡丹の花など実に繊細に描かれている。

②「蛍」1913(大正2)年、38才
本展覧会のポスターになっている作品である。
<松園のことば>
蚊帳に美人を配するのですが、美人も太夫にすれば画面は賑やかですが、それでは卑しくなります。とかく蚊帳に美人と言えば艶めかしい感じのするものですが、この艶めかしそうなものを極く清く、高く写したいので、美人は良家の女房で蚊帳を釣ろうとすると、一匹の蛍が飛び込んだので、フトその方に眼を移して居るのです。・・(後略)

③「夕べ」1935(昭和10)年、60才
<松園のことば>
婦人の素足の窺える事は、これを見る人々の感じで悪くも見えましょうが、私といたしましては日本の着物のもつ裳裾の感じが真に自由で美しいものと考えております。

④「つれづれ」1940(昭和15)年、66才
<松園のことば>
美人画を描く上でも、いちばんむつかしいのはこの眉であろう。
口元や鼻目ことに眉となると少しでも描きそこなうと、とんだことになるものである。
しりさがりの感じをあたえると、その人物はだらしのないものになってしますし、流線の末が上にのぼればさむらいのようになってせっかくの美人もだいなしである。
細すぎてもならず、毛虫のように太くてもならず、わずか筆の毛一本の線の多い少ないでその顔全体に影響をあたえることはしばしば経験するところである。
眉が仕上げの上に最も注意を払う部のひとつであるゆえんである。

⑤「牡丹雪」1944(昭和19)年、69才
<松園のことば>
いたずらに高い理想を抱いて、自分の才能に疑いをもったとき、平々凡々な人間にしかなれないのなら、別に生きている必要はないと考え、絶望の淵に立って死を決したことも幾度あったことか・・・(中略)
あの当時の苦しみやたのしみは、今になって考えてみると、それが苦楽相半ばして一つの塊となって、芸術という溶鉱炉の中でとけあい、意図しなかった高い不抜の境地をつくってくれている。
私はその中で花のうてなに座る思いで―今安らかに絵三昧の生活に耽っている。

⑥「杜鵑(ほととぎす)を聴く」1948(昭和23)年、73才
展示作品の撮影は禁止されているが、この一作品だけは撮影可であった。

⑦「庭の雪」1948(昭和23)年、73才
<松園のことば>
何しろ若い方は日本の古い服装になじまず、新しい方面ばかりを御覧になっておりますので、きものの美しさや京風髷の魅力を余りおかんじになっていないかとぞんじますが、私たちの娘時代の頃は櫛笄(こうがい)をつけました。そして銀のビラビラ簪(かんざし)を前の方に飾ったものですが、鼈甲(べっこう)の櫛笄が灯影に栄え銀簪がちらちらひかる様子は、何と申しましても奇麗なものでございました。

本展覧会は、松園の22作品のほかに、松園と同時代及び以後に活躍した京都、大阪、東京画壇の小倉遊亀、片岡球子、鏑木清隆の美人画も展示されていた。いずれも素晴らしい作品ばかりであるが、松園を見てからこれらの作品に接すると、松園の凄さが改めて分かった気がした。
松園の作品をもう一度ざっと観覧する。最後に館内のミュージアムショップに寄って、本展覧会の案内冊子を購入して美術館を後にした。