私の認識では、人間の身体の腸は、様々な食べ 物を分解吸収し、不要な物を排泄する消化器官だった。この一見地味な臓器である腸が、近年の研究で、実は自ら考え、感情にも影響を与えているらしいと報告されている。
最近、腸に関するこのような話題が、出版物やTV等で度々報じられ、「腸が考えるって、どういうことなんだろう?」と気になっていた。
7月15日と22日、2週にわたってNHK BSPの「HUMAIENCE]という番組で、「腸内細菌」を特集した番組が放送された。ご覧になられた方もおられると思うが、今回はこの番組で放送された内容と、私の知らなかった腸のこと等について記します。
①腸・脳の成り立ち
ヒトは、38億年かけて進化してきた生命の歴史を、母体内でたった約10ヶ月で再現して出産される。胎内で受精卵からまず最初にできるのが腸だ。腸が伸びて口と肛門ができ、腸から栄養を入れる肝臓ができ、空気を入れる肺ができ、上部が膨らんで脳ができる。つまり脳は腸の出先機関として進化したものだ。腸は第二の脳と言われているが、成り立ちからすると脳が第二の腸ともいえる。
②腸独自の働き
腸には脳に次いで神経細胞があり、独自の神経(腸管神経)を持ち、脳の指令が無くとも解毒作用を行ったり、肝臓、膵臓他の器官に指令を出すことができる。
体内に毒物が入った時は、脳が味覚等で検知する前に、腸が感知して、嘔吐させたり、下痢で体外へ排出させたりする。
③腸内細菌
(腸内細菌は、腸の表面の透明な粘液の中に棲んでいる)
ヒトには、3万種、100兆個、重量にして約1.5㎏の細菌が腸内に生息している。(ヒトの細胞は37兆個だから細胞の3倍)
腸内細菌は、食物から採った栄養素を餌に発酵することで増殖し、様々な代謝物を生成し人体の機能に影響を与える。
腸内細菌は種類ごとにテリトリーを保って棲み、全体に集団を作っている。これは、お花畑のようであることから、腸内フローラと呼ばれている。
③脳腸相関
脳と腸が迷走神経を介して、情報を交換し合い、お互いに影響を与える関係を作っている。脳から腸への指令が多いと思われがちだが、実際は90%が腸から脳への伝達信号だという。
前述した腸管神経は一億回路もあり、ネットワークを形成し、全身のどこに異常があるか、何の指令をどこに出せばよいのかを、腸は脳に伝達している。
「空腹感」は脳ではなく腸が考えて、食欲を促すホルモンが分泌されて、空腹の信号を脳へ送って空腹感が生まれる。
近年この脳腸相関には、腸内細菌が関与していることが分かってきた。それはマウスの実験から、腸内細菌がストレスの感じ方や、脳の神経系の発達に関わる存在であることが判明した。
すなわち、腸内細菌が 人の感情、思考、性格、食事や人の好みまでにも決めているというのだ。
カリフォルニア大学の実験では、ネガティブ思考と、ポジティブ思考の人の腸内細菌はその種類や割合において、明らかな違いがあったという。
⑤腸内細菌の起源
地球の生命体は、酸素の無い原始地球で細菌から始まった。27億年前シアノバクテリアが誕生して地球上に酸素が増えはじめると、細菌たちは酸素を好む好気性細菌と酸素に触れると死んでしまう嫌気性細菌に分かれて進化していく。嫌気性細菌は酸素の行き届かない深海、岩石の中、海底火山の火口など酸素の無いところで子孫を増やしたが、もう一つ絶妙な場所を見つける。それがヒトや動物の腸内だ。
大腸内は酸素が無く原始地球と同じ環境だ。しかもここはヒトが食べることによって、自動的に餌がやってくる。腸内細菌にとっては、地球上で最も住みやすい楽園なのだ。
⑥ヒトを操る腸内細菌
<食の好み>(京都府立医科大・内藤教授の考え)
ヒトが何かを食べたいと思うのは、腸内細菌が食欲や報酬系(欲求などを生み出す神経回路)を支配しコントロールしているからであって、腸内細菌自らの生存の為だ。
ヒトの食の好みは、腸内細菌によって操られている。
<ヒトの好み>(慶応大・金井教授/京都府立医大・内藤教授の考え)
ヒトがヒトを好きになる、その相手(好み)を腸内細菌がキッカケとなって、決めている。ショウジョウバエの実験から同じ腸内細菌を持つ者同士が76%の確率で結ばれた。
これは、腸内細菌がメスのフェロモンの分泌に関わり両者を結び付けたと考えられる。同じ腸内細菌を持つ者同士が結び付けば、食生活を共有でき共に生きやすく生存に有利となるからである。(フェロモン以外の体臭も細菌が作っている可能性がある)
⑦腸内細菌と免疫
腸内細菌は病原菌やウィルスにより自分も被害を受けるので、ヒトの免疫細胞を誘導して病原菌を退治する。これによりヒトも病気から逃れられる。
腸内細菌は、免疫の暴走を抑える働きもする。
⑧腸内細菌を用いた難病治療
今迄原因が分からず治療法も確立していなかった「潰瘍性大腸炎」が、 順天堂大において患者にドナーの便を移植することにより、腸内細菌の環境を変えて病気が改善した。
現在、うつ病、パーキンソン病、アルツハイマー病などの脳の病気と腸内細菌の関係が、盛んに研究されていて、近い将来、腸内細菌を利用した治療法の発見が、期待されている。
腸内細菌については、まだまだ未知なることが多く残っている。ヒトの腸内細菌は、この地球上で最も快適なヒトの腸を棲みかとし、決してヒトの為ではなく自分たちの生存のために様々な活動をし、それが結果的にヒトの生命維持に恩恵を与えている。
言葉を換えれば、ヒトは腸内細菌によって生かされているというべきかもしれない。たとえそうだとしても、腸内細菌は、身体の働きを助長してくれ、幸せホルモンのセロトニンも沢山作って、幸福感に満ちた感情を醸し出してくれているのだから、これからも仲良く付き合っていきたい共生者だ。