’23年名古屋場所の朝之山

5月の夏場所で、12勝3敗と好成績をあげた朝之山は、番付を10番上げて東前頭4枚目まで昇進した。この位置だと、横綱大関、関脇以下の三役には総当たりになると思われる。大関復帰を目標に、今年中には三役を目指す朝之山にとっては、絶好のポジションだ。

 

上位陣を打ち破り、優勝戦線にも加われば、来九月場所の三役も夢ではない。来場所が無理でも前頭筆頭くらいまで上がっておけば年内の三役の可能性は高い。

 

場所前報道陣に抱負を訊かれた朝之山は、「まずは二桁勝利を目指し、そこから一番でも多く勝ち星をあげて、優勝争いに加わりたい」というものだった。七夕飾りの願い事も、「三役復帰」と書き込んだ。

 

開幕を前にして、あまり良くない二つのニュースを耳にした。一つは、7月初めの集中豪雨で、朝之山が所属する高砂部屋の土俵が水に浸かり、部屋の稽古や、予定していた他部屋からの出稽古がでできなくなったこと、もう一つは、朝之山が軽い腰痛でぶつかり稽古はやめて、摺り足等で調整しているという情報だ。

 

7月9日名古屋場所が開幕した。場所前には、専ら(もっぱら)①三関脇(豊昇龍、大翔鵬、若元春)の大関昇進 ②横綱照ノ富士の連続優勝 ③新大関霧島の活躍 が大きな話題となり、朝之山の三役復帰を取り上げるメディアは、それほど多くなかった。

 

それでも、朝之山の場内の人気は高く、土俵入りではひと際大きな声援が起こり、取組時の場内は、至る所に朝之山の青い名入りタオルが揺れた。取組後のNHK動画再生ランキングでは、役力士の取組を抑えて1位になることが多い。

 

初日は明生に不覚を取って敗れ、五日目には、先場所に続いて北青鵬に連敗し、六日目を終わって4勝2敗、七日目からいよいよ上位陣との対戦が組まれた。ここからが、朝之山の真価が問われるところだ。

 

まずは関脇豊昇龍との対戦で、上手投げで土俵に転がされた。この豊昇龍の上手投げを左下手でこらえた時に、上腕筋を痛め、翌朝腕が上がらなくなって朝之山は中日から休場することになる。

 

私は朝之山休場のニュースを朝のネットで知り、ショックを受けた。今場所は余り好調ではないものの、10勝以上は固く、最悪でも勝ち越しはできると信じ、前頭4枚目以上を確保できれば、年内の三役取りに繋げられると思っていた。

 

今場所中日までの朝之山の取組結果を見てみよう。

 

       対戦相手        決まりて        勝敗

初日    前頭2枚目 明生     浴びせ倒し        負け

二日目   前頭4枚目 宇良     上手投げ         勝

三日目   前頭5枚目 平戸海    寄り切り         勝

四日目   前頭5枚目 阿武咲    すくいなげ        勝

五日目   前頭6枚目 北青鵬    寄り切り         負け

六日目   前頭6枚目 王鵬     寄り切り         勝

七日目   関脇   豊昇龍    上手投げ         負け         

中日    関脇   大栄翔    不戦敗

 

朝之山は、同位もしくは下位力士との対戦では、そつなく勝っているが、負けた相撲の内容が悪い。

 

初日の明生戦では、まわしを取らずに一気に西土俵際まで寄って出るが、明生に徳俵で残され、土俵中央まで回り込まれて、浴びせ倒しをくらった。まわしを取らずに押して出たので攻めきれなかった。

 

五日目の北青鵬戦では、立ち合い直ぐにがっぷりの右四つで胸も合って、北青鵬十分の形となる。朝之山は下手投げで身体を崩され寄り切られた。

 

身長差が20㎝以上もあり手の長い北青鵬に先場所も同じように負けている。頭を付けるなりして、相手にまわしを取らせないように工夫すべきだが、朝之山は不器用に他の力士と同じように攻めている。来場所は北青鵬の攻略法を研究して臨んで欲しい。

 

七日目の豊昇龍戦は、立ち合いは互角であったが、その後朝之山の右四つを豊昇龍に封じられ、左四つになり上手が取れない。豊昇龍の上手投げを右足一本で残し左下手からの寄りで逆襲したが、二回目の上手投げで転がされた。

 

この取り組みの敗因は、豊昇龍に先に右四つを封じられ左四つにさせられたことだ。朝之山はこの取り組み後、「自分が不在にしていた2年間に、幕内で力を付けてきた若手の地力を痛感した」とこれからは追う立場になった若手力士に闘志を燃やした。

 

朝之山は中日の朝に、「左上腕二頭筋部分断裂により、4週間の局所安静を要する」という診断書を協会に提出して休場したので、このままだと今場所の成績は4勝4敗7休となり、来場所は十両には落ちないまでも前頭下位に陥落することになるだろう。念願の「年内三役」は非常に難しくなったが、怪我ではしょうがない。早く完治させて又復活して欲しいと願っていた。

 

7月19日夜に、「明日20日の十二日目から朝之山再出場」のネットニュースが目に飛び込む。朝之山が再出場を決心した理由(下記)が、ネットに流れた。

 

「かねて朝之山は、自身を応援してくれるファンの為に土俵に立ち続けてきた。その思いは今も変わらない。しかし、今回の再出場に限っては、お客さんの為でなく自分の為に出ようと思った。その真意は、自分の人生だし、自分できめたことなので。無理して欲しくないとか、完全に治してから出て欲しいと言う意見もあるけど、出ることによって得られるものがある。休場すれば本場所の感覚も無くなってしまう。折角番付が戻って少しでも下げたくない。1番でも2番でも勝ちたい」

 

朝之山がこれほど言うのであれば、朝之山の好きにさせてファンとしては応援せざるを得ない。

 

再出場最初の十二日の対戦相手は、前頭筆頭の翔猿戦が組まれた。翔猿はその名の如く土俵を素早く飛び回って相手を攪乱する曲者だ。三日目には横綱照ノ富士と対戦して、横綱を土俵上で動き回らせ、長い相撲から結局寄り切って勝った。照ノ富士はこの取り組みで悪くしていた膝をさらに悪化させ翌日から休場に追い込まれた。朝之山が二の舞にならないよう祈る。

 

朝之山の左腕はテーピングされていたが、控えめなもので、筋肉の断裂に対してこんなに少なくていいものかと思った。右四つが得意の朝之山にとって、左腕の負傷は、絶大なハンディとなるので、負けて当たり前と考えて取組を見た。

 

離れて取ろうとする翔猿を捕まえて右四つになって、右を差し勝ち左上手も取って寄っていく。やはり左腕負傷の影響か上手は切られる。翔猿に回り込まれたが、すくい投げで下した。

 

        翔猿を下して勝ち名乗りを受ける朝之山

 

勝つとは思わなかったので、正直「よくやった」と感動した。

 

 

翌十三日目の前頭2枚目正代戦は、痛めている左で上手を取ると、一気に前に出て寄り切った。この日は上手は切られなかった。朝之山の相撲だ。負傷しているが、ここまでで一番の相撲に見える。

 

 

十四日目は、今場所大関に昇進した霧島との対戦が、結びの一番に組まれた。霧島も初日から3日間休場し、四日目から再出場している。霧島の昨日までの成績は、6勝5敗2休なので、この日負けると負け越しとなる。新大関の意地としても朝之山戦は負けられない。

 

朝之山は、立ち合い鋭く右を差し、厳しい攻めの相撲で霧島に何もさせずに、すくい投げで勝負を決めた。取組後「投げは身体が反応した」と語った。

 

 

そして迎えた千秋楽、関脇若元春が対戦相手に組まれた。若元春は豊昇龍とともに、朝之山が幕内不在の2年間の間に力をつけ関脇となり、大関を狙っている若手である。

 

立ち合い、若元春に左四つを許したが、朝之山は巻替え右を差して一気に西土俵に寄り切った。朝之山は再出場後4連勝し、8勝4敗3休で名古屋場所を見事勝ち越した。

 

 

朝之山が再出場を決めた十二日目から、左腕を負傷しているにもかかわらず、見違えるように相撲が良くなった。特に十三日目の正代戦は素晴らしく、こういう相撲を今後も取っていけば、大関横綱も夢でなく、その素質も十分ある。

 

朝之山が再出場を決めたのは間違っていなかった。まずは負傷した左腕を早く完全に治し、三役を目指す来場所に備えて欲しい。