へんろ日記 6

12月7日にアップした「へんろ日記 5」の続きです。

 

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11月6日(月)(晴)(2017年/平成29年)

<15日目 安芸市香南市

 

8:00 ビジネスホテルBを出発

 

8:10 M病院 前日訪ねた時、院内に入れるのは8:30からと聞いていたが、私の診てもらう整形外科の受付の前には、既に地元のおじいさん、おばあさんが10名以上並んでおり、診察してもらったのは9:30を過ぎていた。お年寄りの先生は頼りなく、私が抜糸をと言わなければ、消毒だけして帰されるところだった。

 

10:15 簡易郵便局 お金の引き出しに寄ったが、本当に小さな郵便局で、ATMがなく局の女性が手書きで書類を書いてお金を引き出してくれた。

病院へ立ち寄ったため、約一日分時間をロスして、へんろを再開する。

 

11:00 自転車/歩行者専用道路 昔の土佐電鉄の線路跡地で、車が通らず景観もよく凄く歩きやすく快適な道路だ。

 

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        自転車/歩行者専用道路から土佐湾を望む

 

13:40 芸西村(げいせいむら)琴ヶ浜

 

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         琴ヶ浜の「太平洋一望展望台」からの眺め

 

  

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芸西村に縁(ゆかり)のあった坂本龍馬の妻お龍とその妹君枝の像 桂浜の龍馬像に向かって手を振っている。

 

14:30 民宿S荘着 初回のへんろの時、へんろ後の旅も含め52泊したが、その52泊について、私独自の判断基準で宿の評価について数値化した。その結果、香南市のS荘が第一位となった。それが本日泊まるこの宿だ。

 

美人のおかみが迎えてくれる。3年前もお世話になったと告げると喜んでくれ、私の足の包帯を見て、とても心配してくれた。

 

入浴後、夕食まで時間があるので、宿の裏手の海岸を散策する。波打ち際に座って潮の満ち引きを30分程ぼんやりと眺める。私はこうして波の音を聞きながらぼーっと波を見ていると、母親の胎内に戻ったような感覚になるのがが好きで、日本各地の海岸で体験してきた。初回はこういうことがほとんど無かったので、今回は少し余裕が出たのかなと思う。

 

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余談だが、火野正平さんの「にっぽん縦断こころ旅」の2020年秋の旅の最終回は、この海岸が舞台だった。

 

夕食は、私の好きな魚の煮付け代わりに、魚とイカのフライで、他に鰹のたたき、刺身等だ。いずれも美味しかった。

 

同宿者はへんろではなくて一般客の男性だった。彼と食事をしながら話し込む。彼は芸西村出身で今は大阪在住、こちらの施設で暮らす母親の見舞いに来たと言っていた。

 

15日目の歩数 27400歩 歩行距離 17.8㎞

 

 

 

11月7日(火)(晴)

<16日目 香南市高知市

 

6:30 S荘出発。すぐに土佐電跡地の自転車/歩行者専用道路を快適に進む。トンネルもある。9日目から、毎日海を眺めながら歩いてきたが、ここからしばらく海を離れる。

 

9:20 夜須、赤岡といった古い町並みや香南市役所の横を通って、28番大日寺に到着。

 

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          大日寺納経所前の可愛いお坊さんの像

 

休憩時に明日以降の宿の予約電話をいれる。予約がいっぱいで断られたり、相部屋を提案されたりとうまくいかない。

 

天気予報では、しばらく続いた晴天も、今夜から明日は雨とのこと。今夜の宿は予約済だが、明日以降は確定していない。

 

11:10 松本大師堂 この辺りは香美市(旧土佐山田町)の長閑(のどか)な田園地帯だ。ニラの匂いがする。コスモスなどの畑もあって綺麗で、歩いていても気持ち良い。

 

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12:05 JR土讃線土佐長岡駅近くの踏切を渡って、国道195号沿いのコンビニへ立ち寄る。お腹は空いていないのに、おでん(大根、コンニャク)を買う。

 

12:40 29番国分寺着。渋く落ち着いて重厚な私の好きなお寺だ。韓国のへんろ(お坊さん)がビスケットをくれた。

 

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13:35 県道384号 県道を歩き始めたら、急に睡魔に襲われた。朦朧としながら車の多い県道を歩く。途中スマホのケースと腰のタオルを紛失した。

 

15:00 30番善楽寺着。ここは街中の住宅地の中にある華やかで大きなお寺だ。29番からここまで私は2時間を要したが、韓国へんろは1時間半で来たと言う。

 

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            善楽寺の十一面観世音菩薩像

 

 

15:30 土佐一宮(とさいっく)駅前のドラッグストアで、膝の傷用防水テープを購入。

 

16:10 Sホテル着。奈半利以来のシティホテルだ。洋室が満室で、10畳の和室(イスとテーブルの小部屋付き)だった。ディナーは蕪のスープが濃厚で美味しかったが、豚のソティは量は多いがイマイチだった。

 

19:30 就寝

 

 

16日目の歩数 54500歩  歩行距離 35.4㎞

 

 

11月8日(水)(雨→曇)

<17日目 高知市土佐市

 

3:30 起床 昨日は歩いていても眠いくらいの睡眠不足だったので、8時間爆睡した。

 

6:00 Sホテル出発。 朝食は7時からで、出発が遅れるためキャンセル。外は雨だが、1~2mm程度の小雨なので、雨具は携帯傘とする。

 

6:10 Fコンビニ コンビニなのに大きな食堂のようなイートイン専用の部屋が付いており、そこでおにぎりとお茶で朝食。

 

7:10 31番への車道入口 へんろ道は「土佐電文殊通り駅」横の踏切を渡って31番への山道となるのだが、私は初回へんろの時、この山道で石の苔を踏み滑って転び、右手親指薬指から大量の出血をした。この時は31番の手水場で血を洗い流し、携帯した赤チンを塗って事なきをえた。

 

今回は雨も降っているということで、大事をとって車道から31番を目指すこととする。

 

7:40 31番竹林寺着 高知市内で立地が良く、いつもは常に参拝者で賑わっているお寺であるが、参拝者は一人もおらず、雨にけぶる五重塔が私を迎えてくれた。

 

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                            境内にある「善財童子像」(阿部鉄太郎制作)

善財童子は、華厳経に登場する求道の志が篤い少年で、文殊菩薩の指南により53人の善知識を訪ねて教えを乞い、ついには悟りの世界に至ったという。

 

8:45 31番から下る道を道路工事中のお兄さんに尋ねたら、それが間違っていて、20分程時間をロスする。

 

10:20 32番禅師峰寺(ぜんじふじ) 31番は標高120mの山の上、32番も82mの山の上にあるので、低い山ではあるが参拝するには山道を登らなくてはならない。雨も降っているので注意して登る。

 

さて本日の宿は、色々電話をして土佐市内のビジネスホテルと決まった。土佐市には35番清瀧寺があり、その途中には、33番雪蹊寺、34番種間寺が存在する。

 

ここから33番へ行くには、四国へんろ唯一の渡し船(フェリー)に乗らなくてはならない。この船は、昼間は一時間おきに運行されている。これからだと、12:10が都合が良い。

 

12:00 種崎の渡し 渡し船に間に合うように焦って、時速6㎞位の速さで歩く。何とかセーフ。

 

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            種崎からの渡し船 対岸が長浜

 

乗船時間は5分で、12:15対岸の長浜着。

 

12:35 33番雪蹊寺 参拝後本日のこれからを再検討する。土佐市内のビジネスホテルが決まった時は、34番の参拝後は本日はビジネスホテルまでとし、明日一番で、35番を参拝してへんろを続けようと思っていた。

 

35番の位置は、次の36番への途上には無く、土佐市内から3㎞ほどの北西の山の中腹にある。従って同じ道を6㎞往復することになる。

 

これから急いでホテルへ行って、ザックを預けてさんや袋だけで行けば、17時の納経受付終了時間までに間に合うかもしれない。そうすれば、明日以降の工程に余裕ができる。

 

14:30 34番 種間寺 このお寺に来るまでも、へんろ道以外の畑の中を通る最短の農道をグーグル地図で探し、スマホを見ながら辿り着いた。34番は田舎の田畑の中に有って、地元に愛されている素朴なお寺だ。お参りをしていても、17時の35番に間に合うか気になる。

 

15:20 仁淀川 高知市土佐市の間を流れる大河なのに水清く美しい。高知県では四万十川と並ぶ名川だ。大橋を渡るのに11分要する。

 

15:40 ホテルにザックを預けるつもりだったが、少しでも時間を短縮する為、国道56号沿いのコンビニにお願いしてザックを預ける。

 

16:50 36番清瀧寺(きよたきじ) なんとか17時に間に合い参拝と納経をすますことができた。秋の日はつるべ落としで、寺を後にする頃には日も暮れて懐中電灯が必要となった。

 

18:00 ビジネスホテルT着。前回も含めて宿への到着が一番遅くなった。受付で、おかみから柿の接待をうける。このおかみ、いかにも水商売風であったが、親切で濡れた靴の乾燥用にドライヤーを貸してくれた。

  

20:10 ホテルに夕食が付かないので、近くでの食事処を捜すが、この時間田舎の町には、飲み屋しかない。今日はお酒は全然飲みたいとは思はない。コンビニのイートインで、ざるそばとおでんを夕食とした。

 

 

本来歩きへんろには、時間の制約はなく、気ままに歩行を進めればよいのであるが、今日は二度も自分で時間の制限を課してしまった。「種崎の渡し」と「35番の参拝時間」である。

 

前者では間に合うように全力歩行し、後者では間に合うように、色々な手を使い最善を尽くした。全てうまくいった。我ながら頑張った自分を褒めてやりたい。長い一日だった。

 

 

17日目の歩数 71330歩  歩行距離 46.4㎞

 

 

             ー 続く(非定期)ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師走の日常生活

今年も師走となり、余すところ20日を切った。コロナは、秋頃から新規感染者が減って、落ち着いてはいる。

 

新たに南アフリカで見つかったオミクロン株は、従来のコロナより格段と感染力が強いとされ、世界各国が水際での防止に躍起となっている。オミクロン株は重症化や死亡リスクはそんなに高くないらしいとされてはいるが、今朝のニュースでは、イギリスでオミクロン株による死者が出たと発表された。 

 

我々国民としては、気を緩めることなく従来の感染対策を継続するしかない。夏の第五波のような感染爆発は、もう勘弁して欲しい。

 

今年の師走の街の様子は、コロナ前のような歳末の華やいだ賑やかさにはまだ戻ってないものの、昨年よりはイルミネーションの飾り付け等派手になっているようだ。

 

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     CHRISTMAS  EVE  2021  山下達郎(クリスマス・イブ)動画より

 

私はコロナが拡散して自粛生活になって以来、一度も遠出の外出、旅行とか、友人との 会食、外食には行っていない。毎日日常生活の繰り返しで、たまには非日常の出来事に触れてみたいとの欲求が募る。

 

秋にはコロナが少し落ち着いたので、紅葉を見に遠出のドライブにでも行こうかと思いつつ、グズグズしているうちにそのチャンスを逃してしまった。

 

どこも痛くはなく、平穏に毎日が暮らせるということは、とても幸せなことと常々感謝しているし、病気療養中の方々に比べたら、我が身は非常に恵まれたことと有難く思う。

 

もう少しすると、歳末の買い物、大掃除などと正月を迎える準備で慌ただしくなり、それらは日常生活の中に組み込まれることになり、怒涛の超忙しい歳末週間を迎えることとなる。今回は、それまでのなんてことはない私の日常生活について記すことにします。

 

月間の予定は、月曜日から木曜日は、テニスか卓球のサークル活動が入っており、日によっては両方ある日もある。土日のサークルは基本的には休みだが、卓球が入ることもある。

 

数年前までは、テニスも卓球も2~3時間位したところで、何ともなく物足りないくらいだったが、近年はそれくらいで丁度よくなった。悲しいかな体力は確実に衰えをている。

 

金曜日の午前中は、リハビリトレーニング、土曜日の午前中は、スーパーへの一週間分の買い出しだ。

 

木曜日と金曜日はそれぞれ8時、8時半に自宅を出るので、ガンバって5時過ぎに起きるが、その他の平日は、6時過ぎにトイレに行って、ストーブと床暖をつけてから、もう一度ベッドに戻りラジオ(TBS森本毅郎スタンバイ)をつけ、7時頃起床する。

 

起床してまず一番目にやることは、血圧測定。私は早朝高血圧気味なので、起床時に記録し記帳している。もう15年続けている。

 

洗面後、朝のお勤め、仏壇の水を取り替え、今は亡き父母兄連れ合いへの挨拶と般若心経を読誦する。

 

青汁を1杯飲んでから、朝食の準備、納豆(第24全国納豆鑑評会優秀賞受賞、北海道大粒納豆)を器に入れ、刻みネギとからしを入れて100回以上かき回し、メカブと削り鰹節4.5gに特製たまり醤油(商品に付いているたれは使わない)小さじ1/2弱を加え、さらに50回ほどかき回して用意しておく。

 

その他の副食は、みそ汁、作り置きの豚の生姜焼き(量は多くないが、なるべく動物性タンパク質をとるようにしている)、主に鯖、鰯の魚の缶詰、煮物(野菜、揚げ物等)、焼き鮭、焼き海苔・・・(昨年まではこれらに、つくだ煮類、自家製糠漬けを加えていたが、塩分過剰と判断して止めた)

これらに煮込みうどんを加えることもある。

 

朝食と夕食の時間間隔が短く、昼食は採らないことが多いので、朝はしっかり食べる。

 

朝食後からサークルへ出かける間の時間は、掃除、洗濯等の家事や日誌の整理、パソコンのネットサーフィンなど。

 

サークルから帰って、3時半頃からYouTubeで音楽を聞きながら夕飯仕度だ。最近は毎日 J-WALKを流している。彼らの曲を20曲くらい聞いているのだが、どの曲もみんな良い曲で、何度聴いても飽きない。

 

夕食のメニューは自分の好きなものを、4人分作り、余ったものは翌日、翌々日に回す。2~3日同じものを食べることになるが、食卓上の種類は増える。総菜の煮物は作るが、揚げ物、サラダは原則お店の品だ。焼き魚、煮魚は簡単なので作るが、時間のかかる凝ったものは、作れないし作らない。

 

量は多くないが晩酌するので、メニューはどうしてもお酒の肴、あてとなるようなものが多い。お酒はビール、焼酎(冬はお湯割り)、ウィスキーハイボール、ワイン、清酒(冬は淡麗辛口の熱燗)都度その時の気分で嗜んでいる。

 

冬の時期には、大鍋に鱈(又は鯛)、ホタテ、牡蠣、つくねなどの魚介類、大根、ニンジン、ネギ、白菜等の野菜、平茸、シメジ、舞茸、エノキ、なめこ等のキノコを大量に煮込みお酒を加えて保存しておく。それを都度小鍋に分けて、豆腐を加えて湯豆腐、醤油、麺つゆと麺で煮込みうどん、味噌で味噌煮込みうどん(きしめん)とその時の気分で色々楽しめる。

 

夕食は4時半頃から、食事の初めは、J-WALKを聴きながら飲食しているが、16:50になると、テレビ(NHKの「ニュースシブ5時」)に切り替える。

 

食事の後片付けをして、19:00にNHK-BSP火野正平さんの「にっぽん縦断こころ旅」を見るのだが、この頃丁度お腹がくちて、酔いも回り初めテレビを見ながらウトウトとすることが多い。気が付くと大抵番組の最後で、中身が分からず終わってしまうことも度々だ。

 

その後はブログを書いたり、録画したビデオを見たりする。(生のテレビはほとんど見ない)録画は、J:COM発行のCS放送番組雑誌から、良質な映画やドラマを見たくてするのだが、映画の最初の15分くらい、連続ドラマの第一話を見て、つまらなくて時間の無駄と思うものは打ち切り削除する。最近削除が多い。

 

そんな中では、WOWOWプラスで放送されるWOWOW制作「連続ドラマW」がドラマ作りがしっかりしていて、重厚で、安心して見られるものが多い。

 

21時半頃、風呂に入ってくつろぐ。寒い時の入浴は心身ともに温まる。

 

風呂から出て、寝る前に最近見ているのが、録画したCS放送の「ワカコ酒」だ。

 

これは、BS-TBSで放送している「吉田類 酒場放浪記」の若い女性版とでもいうものか。番組のコンセプトは、「村崎ワカコ26歳、酒飲みの舌を持って生まれたがゆえに、今宵も居場所を求めてさすらう女ひとり酒」というものだ。

 

主人公を演じているのは、武田梨奈さん、実年齢は今年30才だが、OL役がよく似合うとても可愛い女優さんだ。役柄からお酒は好きだが、運動は苦手で大人しく可愛いお嬢さんかと思っていたら、子供の時から空手を習い、現在も女優で空手家の肩書だ。

 

この番組は、ワカコさんが仕事帰りに、一人で和洋中の料亭、料理屋、レストラン等の高級なお店から、ラーメン屋、居酒屋、大衆酒場、赤ちょうちん、時には朝から徹夜明けの常連を相手にしている飲み屋まで、普通若い女性が一人ではとても入りずらいお店までも、果敢に挑戦してお酒を飲んで料理を食べてくるというものだ。

 

そして、お店で食べる料理とお酒の味について、レポートする。彼女の食べっぷり、飲みっぷりは凄く上手で、見ているこちらも生唾を飲み込むほどだ。料理を実に美味しそうに食べ、お酒を実に旨そうに飲む。お酒をグググっと飲んで、顔を半分上げて、恍惚の表情を浮かべて「プッシュー!!」と一声。こちらも彼女に合わせて「プッシュー」と発している。

 

お店は実在のお店で、番組の最後にその時に飲んだお酒の銘柄とともに紹介している。

 

フランス料理店の回で、彼女が「レバーパテ」を食べながら、白ワインを飲んでいた。彼女のその味の説明と飲み食べっぷりがあまりにも美味しそうで、私もフランスパンにつけて食べたくなってしまった。

 

実は私はレバーは大の苦手で、食べてみたいとは今迄一度も考えたことが無かった。それがこの番組を見て、もしかしたら美味しいのかなと思うようになった。

 

先日お店で、「国産鶏レバーのパテ」なるものを見つけた。説明書きには「国産鶏のレバーペースト鶏もも肉を加え、瀬戸内産のなつみかんでさわやかに仕上げました。」と書いてある。

 

早速、その日の夕食に白ワインとともに試食してみる。私の苦手なレバーの鼻にもわっとくる感覚がほとんどなく、普通に食べることができた。が、ワカコさんのように満面笑みでとまではいかなかった。 

 

11時歯磨きをしてベッドへ。NHKラジオ深夜便を聞きながら寝る。10分以内に眠ってしまうことが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

へんろ日記 5

これまで四国遍路については、このブログで何度も取り上げさせてもらっていますが、大変お恥ずかしい間違いに気づかず掲載を続けてきました。 読者の皆様方の多くは既にお気づきかと思いますが、それは、「弘法大師」を「弘法太子」と間違ってタイプアップしてきたことです。

 

「太子」は聖徳太子を示すことが多いようで、世田谷の太子堂聖徳太子由来の地名ですね。落ち着いて考えれば、「太子」は皇太子のことだし、発音も「たいし」で「大師」のように「だいし」と濁らないので、すぐに気づくはずなのに、思い込んでいて迂闊でした。

 

四国遍路の基本の基ともいえる「お大師様」の字を間違えて、それに気づかずブログを書いていたとは、何とも情けないことです。大変失礼しました。お詫びし訂正いたします。

 

今回は、前回(11月30日アップの「へんろ日記 4」)の続きです。

 

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11月3日(金)(晴)(2017年/平成29年)

<12日目 室戸市佐喜浜→26番金剛頂寺室戸市)>

 

7:10  民宿Tの美味しい 朝食をお腹いっぱい食べて出発。

 

7:30 夫婦岩

 

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        太平洋の黒潮に洗われて岩も黒い

 

 20分歩いただけで暑くなり、長袖長ズボンを脱ぎいつもの半袖Tシャツと短パン姿となる。

 

8:05 椎名漁港 朝の歩き始めはいつも快調だ。自然と鼻歌混じりの歩行となる。この近くの椎名小学校が廃校となり、そこが改修されて廃校水族館となり、ウミガメ等が観察できる。テレビでもよく紹介され、室戸市の名所となっている。

 

9:00 海洋深層水研究所 1989年4月、海洋深層水の日本最初の取水施設として、海洋科学技術センター高知県とで共同設立され、冨栄養性、清浄性、低水温性等の優れた特性を有した「海洋深層水」の利用を目的に研究されている。

 

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        研究所前にある「マーメイド像」

 

 

10:20 御蔵洞(みくろどう) 弘法大師が、室戸岬の先端のこの洞窟にこもって修行した。この洞窟は東南向きで、来る日も来る日も空と海しか見えない洞窟で、明星の飛来を待った。それが「空海」という名の由来と言われている。

 

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 2006年9月~11月 NHK趣味悠々四国八十八ヶ所はじめてのお遍路」の掲載写真

 

  

三年前は内部が見学できたが、今回は柵が設けられ、立ち入り禁止になっていた。

 

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10:55 24番最御崎寺(ほつみさきじ) 御蔵洞横の急な山道(標高差165m)を一気に登ると、最御崎寺だ。23番の薬王寺から三日かけて到着した。

 

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11:40 室戸岬灯台 

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理由・由来は分からないが、「恋人の聖地」のハート型の看板が立っていた。

 

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             室戸岬灯台から望む太平洋

 

 

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         最御崎寺を下る時に見える室戸の西海岸

 

 

12:50 室戸岬中学校 この辺りの漁港は、長い歴史が感じられ風情がある。

 

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13:15 25番津照寺(しんしょうじ)お寺の本堂は長い階段の上にある。ザックは下のベンチに置いて参拝する。

津照寺のあるところは、室戸市室津と言う地名で、室戸市の中では一番家並みが多い所で市役所もある。

 

 

14:45 26番金剛頂寺着 金剛頂寺も山の上にある。 

 

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             金剛頂寺境内にある神仏像群

 

 

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              がん封じ椿御霊木

 

 

本日はこの宿坊に泊まる。初回のへんろの時は、ここには泊まらなかったが、このお寺の料理は、へんろ宿坊の中では一番と評判だったので、今回は、旅の前から、このお寺には宿泊するつもりでいた。

 

18:00 夕食 時間になって食堂に行ってみると、既に5~60人の客が着席していた。個人客はほとんどおらず、かといって団体のへんろもいない。皆車による個人のグループや家族旅行のようだ。そういえば今日は金曜日の祝日で3連休の初日である。私の隣は博多から車で来たご夫婦だった。へんろ以外の一般客がこんなにも多い宿坊は初めてだった。

 

噂に違わず料理は豪華なものだった。鯛、鰹、鮪 等大振りで肉厚の刺身、カマスの塩焼き、エビなどのてんぷら、等このお寺の品の良い奥さんが、料理のアルバイトのおばさん二人に色々と指図しているのだが、てんてこ舞いの忙しさだ。

 

21:00 就寝

 

12日目の歩数 46800歩  歩行距離 30.4㎞

 

 

11月4日(土)(晴)

<13日目 26番金剛頂寺奈半利(なはり)町>

 

7:00 金剛頂寺出発、国道へ下るには二つのルートがあり、短いルートは道が悪いので、30分以上時間が余計にかかるが、遠回りのルートをお寺の奥さんに勧められる。今日は時間に余裕があるので、その言葉に従う。

 

7:30 不動岩 一昨日から宿の料理が良くて大食しているので、お腹の調子があまり良くない。

 

9:00 吉良川、羽根の集落を通過する。両集落とも、田舎のパン屋さんがあったり、いかにも地方の長閑(のどか)な集落で、歩いていて心安らぐ。

 

10:50 国道休憩所 休憩所の公衆トイレがシャワー付きでびっくりした。

 

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             休憩所近くの羽根岬海岸

 

12:00 ドライブインなぎさ 休憩所を出てから、海沿いの国道は急に海からの風が強くなり、スゲ笠が飛ばされそうになり、笠を手に持って歩く。

 

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12:25 コーナン スゲ笠の笠と頭部固定リングは、銅線で結束されているのだが、四ヶ所の内ニヶ所が千切れていた。銅線を手に入れたいが、こんな田舎では無理だろうと、半分諦めていたら、なんと国道沿いにホームセンターのコーナンがあり、入手できた。

 

12:50 奈半利中央公園(石の公園) 本日の宿はここからすぐ近くのホテルNだ。ホテルのチェックインは15時からだが、30分位前ならOKと言われたので、この公園でスゲ笠の修理等をしながら時間をつぶす。

 

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14:30 ホテルN チェックイン 地方には珍しい都会風のホテルだった。16時に大浴場に入り、18時にホテル内レストランで食事をした。久しぶりに洋風の接客を受けた。

 

 

13日目の歩数 37900歩  歩行距離 24.6㎞

 

 

11月5日(日)(晴)

<14日目 奈半利町安芸市

 

4:20 今日も早朝出発する。ホテルを出ると街灯が無いので真っ暗なはずが、周りが薄明るい。スゲ笠をかぶっていたので上空の様子が分からなかった。空を見上げると十六夜位の月が周囲を照らしていて、幻想的な光景だ。歩くのに懐中電灯は不要だった。

 

4:40 コンビニへ立ち寄り、おにぎり、カレードーナツ、バナナと暖かいお茶を買う。

 

5:25 国道から一般道のへんろ道に入る。安田川を渡ると、安田の集落だ。満天の星空も良いが、月明かりの中を歩くのも良いものだ。「月がとっても青いから~・・」のメロディが口から出る。

 

6:00 土佐くろしお鉄道のガード下 明るくなり始める。ここから27番神峯寺(こうのみねじ)までは急な登り勾配の一本道だ。お寺の標高が430mで、ここは海に近いので標高分だけ登ることになる。

 

7:25 27番 神峯寺着。門の周りをお寺の奥さんと思(おぼ)しき美しい女性が、落ち葉を掃いていた。清々しい絵になる風景だ。

 

 

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8:00 参拝後、風のない陽だまりで遠くに土佐湾を眺めながら、コンビニで買ったおにぎり等を食べる。気持ち良し!

 

9:05 広域農道を経由して国道へ出る。

 

10:05 大山道の駅 近くに国道55号の新しいトンネルが開通して、ここは旧道となってしまい、交通量はめっきり減った。他人事ながら、道の駅の経営が思いやられる。

 

10:35 防波堤歩道 土佐湾の防波堤の上が遊歩道となっている。昨日の海岸線は風が強くスゲ笠をかぶられなかったくらいだが、今日は穏やかで歩くのには最適だ。歩いているのは私一人、「へんろに来て良かった!」と思う。前回はここで「いとしのエリー」が口から出たが、今回は「みちのく一人旅」と「アカシアの雨がやむとき」だった。

 

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この歩道と平行して、「土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線」が敷設されている。電車がやって来て、見ると車窓からこちらの方に写真を撮っている人がいた。海を背にへんろしている私を、絶好の被写体として撮っていたかもしれない。

 

11:45 伊尾木川、安芸川の橋を渡ると、安芸市の市街となる。

 

12:30 ビジネスホテルB着。チェックインは3時半だが、一部屋だけ掃除が終わったので入室できた。

 

本日安芸市で宿泊することになったのは、一週間前の膝のケガで、勝浦病院で縫った糸の抜糸を、この町のM病院でしてもらうためだ。今日は日曜日で休みなので、明日診てもらう予定。ホテルで洗濯後、病院の様子窺いに出向く。予想したより大きな病院で、受付は朝8時半とのこと。

 

病院の帰りに安芸の町を散策して、安芸駅前の観光案内所へ。近くの見どころを聞くと「三菱財閥の創業者 岩崎弥太郎の生家がある」というが、少し遠かったので止める。

 

 

14日目の歩数 46200歩  歩行距離 30.0㎞

  

 

            ー続く(非定期)ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へんろ日記 4

11月16日にアップした「へんろ日記 3」の続きです。

 

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10月31日(火)(晴)(2017年/平成29年)<阿南市→日和佐市>

<9日目 22番平等寺→23番薬王寺

 

6:30 民宿S 朝食 この宿のオーナーが接待として手作りのパンを差し入れてくれた。前日のK亭といい、このSといい、へんろへの心遣いをありがたく頂戴する。

 

7:30出発

 

8:25 国道55号 へんろ道はここで国道を歩くことになるのだが、国道へ出るあたりのルートが、初回も迷ったが分かりずらい。  国道を30分歩いて一般道へ。

 

8:55 交通量が多くて、騒音や排気ガスで不快な思いをした国道を離れる。刈り取りの終った静かな 田圃の中の道を気持ち良く歩く。

 

9:35 由岐坂峠 峠の少し先で、へんろ開始以来初めての海を遠望する。「やっと海の見えるところまで来たか・・・」の感。

 

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10:30 海沿いの「由岐」の集落を通る。今まで歩いて来た内陸の集落とは、全然雰囲気の違う潮の匂いが染みついた田舎の佇(たたず)まいだった。しばらくすると、JR牟岐(むぎ)線の向こうに綺麗な砂浜の海岸が現れる。田井の浜だ。

 

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夏は海水浴場にでもなるのであろうが、その他のシーズンはこの日のように、誰もいない静かな美しい風景を持て余しているようだ。

 

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11:10 木岐 先ほど通った由岐の隣の漁港の町で、由岐、木岐と同じような名前の地名が二つ並んでいる。

 

11:20 木岐郵便局 3日前に膝の怪我で診療してもらった勝浦病院の診療費は、休日で未払いだった。昨日メールで請求額の通知があったので、この郵便局から振り込むこととする。ここは、3年前も立ち寄ったところで、その時は、現金の引き出しと、ハガキ、切手、封筒を買った。

 

封筒は茶色の事務用と思しきものしか無かったが、局の職員や女性事務員さんはとても親切だった。今回対応してくれた方に3年前も立ち寄ったと告げると、とても喜んで下さり、その時の女性事務員さんはお辞めになったとのこと。

 

郵便局前の「よろずや」に入ってみる。今でいう「コンビニ」で食料品から生活用品まで何でも売っている。店がほとんど見当たらない田舎では貴重な存在で、近所のおばあさん達が買いに来てお喋りをする地域のコミュニケーションの場にもなっている。店の中でさつま揚げを揚げていたので、それを買い求める。

 

11:35 木岐漁港 漁港の少し先の防波堤で、立ったまま、先程買ったさつま揚げと宿でいただいたパンを食べていると、郵便局の職員さんが車で私を捜しに来た。私が局で健康保険証等の入った小袋を忘れ、それを職員さんが届けようと来て下さったのだ。

 

私が、食事休憩をせずそのまま先に進んでいたら、車の通行できない山道となり、職員さんにも見つけられず、保険証等は忘れたままになっていた筈だ。何て幸運なのかと大師様のお陰と感謝する。親切な局員さんには、厚く厚くお礼を申し上げる。

 

漁港から先は左手に海を眺めながらの、登りの遊歩道となり、全国から寄せられた「へんろ」に関する俳句の標識が続く。「俳句の径」と称せられている。 

 

12:40 山座峠 峠から急な山道を30分ほど下ると、日和佐湾に出る。湾を左に見ながら風光明媚な海岸道路は上り下りを繰り返す。

 

14:10 T 薬局 日和佐の町へ入り、薬屋さんをグーグルで探して立ち寄る。膝のケガの消毒剤とシールを買う。太った店員さん(店長さんか?)が貼ってくれる。風呂に入ってもいいとのことだが、店員さんの貼り方は雑だった。

 

日和佐は、この辺りとしては大きな町で、白い日和佐城が町のどこからも眺められ、雰囲気も良い。ここは、平成21年度後期のNHK朝ドラ「ウェルかめ」の舞台となったところだ。日和佐川の橋から、川の先にこれから訪れる薬王寺の塔が望まれる。

 

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14:40 23番薬王寺 徳島県最後の札所だ。本堂への登り階段はキツイ。

 

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                薬王寺の境内

 

15:30 本日の宿、日和佐駅前のビジネスホテルKにチェックイン。田舎のビジネスホテルなので、名ばかりかと思ったが、エレベーターは無いものの、意外と小ざっぱりとして感じの良いホテルだった。

 

18:00 ホテルで夕食は出ないので、駅前の食堂に行く。その食堂の中学生くらいの息子さんと、仕事を終えた地元の職人さん達がお酒を交えて楽しそうに食事をしていた。私はよそ者ではあるが、違和感なく迎えてくれた。カツカレー、サラダ、ビールを注文する。塩味が濃かった。

 

21:00 就寝

 

9日目の歩数 44600歩  歩行距離 29.0㎞

 

 

 

11月1日(水)(晴)

<10日目 日和佐市→海陽町宍喰(ししくい)>

 

4:30 出発 ホテルの朝食が無いので早朝出発し、国道55号を西進する。この時間山道の国道は照明が無く真っ暗闇、懐中電灯が無ければ歩けない。40分程で日和佐トンネルに入り、通過に16分を要す。

 

6:00頃から明るくなり始める。地方の国道は歩道が無いところが多く、トラック等の大型車両とすれ違う時は怖いが、この辺りは歩道が比較的多くて助かる。

 

7:00 小松太子 この時の出で立ちは、下は短パン、上は半袖Tシャツ+長袖シャツ+ヤッケで、早足に歩けども寒い。私は汗かきで、シャツはすぐに汗で濡れてしまい、休止時に着替える手間を省くため、歩行中は極力薄着にしている。

 

7:30 牟岐(むぎ)市街に入る。国道に平行する牟岐川は河口に近いにもかかわらず水は透明できれいな川だ。街も趣きがあって歩いていて気持ちが良いが、この辺りから猛烈に寒くなった。

 

7:40 コンビニの看板が見えて嬉しい。店に入り、ホットミルクティー、おでん(大根、コンニャク)を求める。ここはイートインできないので、店の外で食べて体内から暖を取る。

 

8:35 内妻海岸 意味深長な名前だが綺麗な海岸だ。11日目と12日目の宿を予約する。2件ともOKでホット一息つく。

 

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9:45 鯖太子 ここは別格4番の札所だ。今回は88番霊場の参拝なので、別格は通過する。

 

11:15 海陽町海南の町に入る。百均で消しゴムと手袋を、 地方にしては大きなドラッグストアで身体に優しいMg下剤を買う。

 

11:50 海部川(かいふがわ) 川を渡った所の河口の堤防で昼の休憩とする。海部川の河口なれども、水は清くゆったりと流れている。、今日は早朝出発でここまで懸命に歩いてきたので、久々に川のようにゆったりとした気分になった。

 

12:40 左手に那佐湾が大きな川のように続く。早朝からの歩きで少しバテテきた。

 

14:30 本日の宿 B 旅館に到着。宿に荷を置いて、宍喰(ししくい)の町を散策する。宿の西側を走る「阿佐海岸鉄道阿佐東線」の宍喰駅へ行ってみる。

 

JR牟岐線海部駅が終点でその先、高知県甲浦(かんのうら)までのたった二駅の距離を第三セクター阿佐東線が敷設されている。この辺りは高架になっていて、駅も階段の上にある。駅周辺には店も何も無い。自販機でカフェオレを買って飲みながら、「こういう所もあるものだな~」と感慨深く思う。

 

18:00 夕食 「赤毛のアン」を中年にしたようなソバカスの多い英国の女性と同席する。会話をすれども、私の英語力では2~30%くらいしか理解できなかった。

 

20:00 就寝

 

 

10日目の歩数 62610歩  歩行距離 40.7㎞

 

 

 

11月2日(木)(晴)

<11日目 徳島県海陽町宍喰→高知県室戸市佐喜浜>

 

6:55 B 旅館を出発

 

7:25 国道55号へ出て、水床トンネルを通過。高知県に入る。昨日の朝は寒さが堪えたので短パンにオーバーズボンをはき、上は長袖シャツにヤッケ姿で歩いていたら、登り坂では暑くなりヤッケを脱いだ。

 

7:45 東陽町甲浦(かんのうら) 高知県最東端の町だ。国道沿いに立派なリゾートホテルもあって、町は観光に力を入れているようだ。

 

8:30 生見(いくみ)海岸 ここはサーフィンの名所らしい。

 

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この写真では分かりにくいが、波の先にポツポツと黒い点に見えるのがサーファー

 

初回へんろの時は、京都を深夜に出て高速を走ってここへサーフィンに来て、日光浴をしていた若い女の子の二人連れに会って会話したところだ。暑くなって長袖長ズボンを脱ぎいつもの半袖、短パン姿になる。

 

9:30 野根川 橋を渡ったところにある民家の3匹の犬に猛烈に吠えられ、飛びかかってくるのではと怖い思いをする。

 

9:40 ここから室戸岬の手前までは、民家は一軒もない。山裾の海岸線に沿った国道55号を、右に山、左に太平洋を見ながらひたすら歩くしかない。下の写真の風景が4時間続く。

 

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11:45 へんろ休憩所  東陽町から室戸市に入ってすぐに「へんろ休憩所」があり、干し芋を食べていたら、ブラジルの若い男性がやってきた。2~3回野宿をして1回は民宿やホテルに泊まるそうだ。外国人はこのパターンが多い。

 

ここでも会話は半分くらいしか通じない。彼に干し芋をあげたら、プロテインをくれた。水気の物はミカンしかなく、喉が渇いていたので、とても美味しかった。彼にとっては貴重なものをくれたみたいで、申し訳ない気がした。

 

13:25 佐喜浜スーパーマーケット 国道から外れて佐喜浜の集落に入る。どこか懐かしく好感のもてる集落だ。田舎の小さなスーパーだが地元の人にとっては掛け替えのない店なのであろう。

 

ジュースを2本買い店の外のベンチで飲んでいると、先ほどのブラジル青年がやって来て、彼もこの店に立ち寄った。先のプロテインのお礼に別のプロテインを買って与える。「Idont need this」と言うので、「Iwant to give you it」と返すと「オセッタイ? OK アリガトウ!」と言って受け取ってくれた。

 

14:30 民宿T着。時間が早かったのか、民宿の窓は全て開け放たれて、室内に風を通していた。

 

18:00 夕食 この宿の食事は今回のへんろではピカ一だった。金目の煮つけ、マグロ、カンパチ、イカの刺身、酢の物、煮物他、天ぷらは客が座席に座ってから揚げる揚げたてだ。こんな美味しい料理なのに、お酒を注文したのは、10人ほどの客で私だけだった。

 

11日目の歩数 44900歩  歩行距離 39.2㎞ 

 

 

             ー続く(非定期)ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寺井尚子さん 3 

一昨年、昨年と秋の季節に、このブログで「寺井尚子さん」を取り上げた。

 ① 2019年9月23日 アップ 「寺井尚子さん」

 ⓶ 2020年11月13日 アップ 「寺井尚子さん 2」

 

①⓶とも寺井さんの演奏した曲についての紹介で、寺井さん本人のことには、触れなかったので、今回は寺井さんのプロフィル、エピソードの紹介から始める。(ウィキペディアNHKトーク番組「トップランナー」等を参照した)

 

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・寺井さんは1967年生まれの54才、神奈川県藤沢市出身のジャズヴァイオリニスト、初めはクラシックを目指していたが、腱鞘炎で練習を休んでいた時に、ビル・エヴァンスを聞いてジャズに目覚める。

 

・1988年プロデビュー、名古屋のライブハウスを中心に活動

 

・1993年来日中のジャズピアニスト・ケニーバロンが、公演が終わって偶然に寺井さんが出演していたジャズクラブへ立ち寄り、即席で共演、その縁で翌年彼の録音に参加するよう、ニューヨークへ招かれる。

 

・その録音の後、ケニーバロンから「イメージだけで二人でやってみないか(メロディもキーもテンポも無く全くの即興アドリブで)」と誘われる。それは二人の即興のイメージだけで生まれた8分間の美しい逸品「ROSE NOIRE(ロゼヌワール)」となった。

 

・以降ジャズヴァイオリニストとして、国内のジャズ公演や、パリを始めとする海外公演で世界のトップクラスのジャズミュージシャンと共演したりと華々しく活躍している。

 

・2004年ゴールドディスク大賞、2010年芸術選奨新人賞他、数々の受賞歴を有している。繊細な表現力と、情熱的な演奏に磨きがかかり、日本を代表するジャズヴァイオリニストとなった。

 

・使用しているヴァイオリンについて、寺井さんは次のように言っている。

「イタリア製、20年以上使っています。炎天下の野外ステージでも弾きます。常に持ち歩いて大切にしていますが、甘やかさないようにしています。楽器がタフに育っていて、いつのまにか一心同体になりました。今一番良い状態で、理想の音を奏でてくれますね。」寺井さんのヴァイオリンも幸せ者だ。

 

 

今回は、1.「Spain スタジオライブ」と 2.「Donna  lee  屋外ライブ」の動画をを紹介します。

 

 

1.「Spain」

これはスタジオライブの動画であるが、詳しい人がいるもので、この動画のコメント欄に色々な情報を提供している。

 

それによると、

・これは16~17年前の、NHKセッション505の名古屋収録で、演奏メンバーは下記

 寺井尚子(VI) 納谷嘉彦(P) 北川弘幸(B) 猿渡康彦(Ds)

(Piano 183548さんのコメント)

 

・寺井さんがメジャーデビューする前、寺井さんは、納谷さん、北川さんと名古屋でトリオを組んで、演奏していた。寺井さんは納谷さんにジャズアドリブを徹底的に教えてもらった。納谷さんは寺井さんの恩師だ。(jirowe ractia さんのコメント)

 

・寺井さんたちは、当時名古屋で「プレザンプレザン」と言う名前のバンドで演奏していた。(kiichi  Murataさんのコメント)

 

さて話を「Spain」の動画に戻そう。

 

「Spain」は、チックコリアが1972年に作曲したジャズの名曲である。イントロでアランフェス協奏曲のメロディが流れ、その後アップテンポになる。ここで何回も出てくるメロディを、寺井さんがいとも容易(たやす)く微笑みながら楽しそうに奏でる。ヴァイオリンに合わせて口ずさんでみるが、簡単なようでピタッと合わせることは難しい。

 

寺井さんのヴァイオリン演奏を、納谷さんがピアノソロで引き継ぐ。このヴァイオリンからピアノへの移行の流れが、実にスムースで心地よい。陸上のリレー競技でバトンが綺麗に引き継がれた感覚だ。納谷さんの太い指はピアノ演奏家として恵まれているのだろう。力強いピアノ音が鳴り響く。横で寺井さんが楽しそうにリズムをとっている。

 

ピアノの後一旦ヴァイオリンが演奏して、ベースのソロ演奏に引き継がれる。徳光アナにそっくりな、北川さんがこれぞベース演奏というような素晴らしい音色を聞かせてくれる。ベースの最後に超低音で〆(しめ)るところはそのカッコよさに痺れる。

 

コメント欄では、ピアノとベースに比べて、ドラムの評価がイマイチだ。私にはその違いは分からないが・・・

 

演奏には直接関係ないが、寺井さんはいつも黒の衣装で通しているが、寺井さんのこの時はドレス姿だ。又髪型もアップにしていて、こんな尚子さんを見るのは珍しい。

 

この演奏は、寺井さんの演奏もさることながら、4人のカルテットとしての演奏が素晴らしい。

 

この動画で非常に残念なところは、最後が尻切れトンボになっていることだ。悔やまれる。(最後まで演奏している別の動画もあるが、何れもバンドメンバーが異なり、私はこの動画の演奏が一番と考えこれを採用した。)

 

 


www.youtube.com

 

 

2.「Donna lee」

この動画は、2002年東京ジャズフェスティバルの東京スタジアムで収録されたものだ。

 

この曲はチャーリーパーカーが作曲したとされいたが、実際はマイルスデイビスが作曲したらしい。

 

この曲は超高速で演奏することから、ギターやベースの高速演奏のテストとしても使われている。今回寺井さんが、ヴァイオリンでこの曲に挑戦した。私は素人でよく分からないが、テンポはT=250くらいではなかろうかと思う。

 

コメント欄で、niraiableさんは「超絶技巧、前人未到空前絶後、・・Ahhh茫然自失」と絶賛している。

 

短い曲であるが、寺井さん全身全霊を集中して、演奏している。前半の途中天を仰いで一息ついて一気に弾ききってしまうところが、潔くてカッコいい。

 

ヴァイオリンの前半の演奏を引き継いだ中沢剛さんのドラムソロが素晴らしい。寺井さんもドラムのテクニックに感動したのか、隣のギター奏者と目くばせをして ノリノリだ。

 

中沢さんは、寺井さんのバンドのドラマーとしても、リベルタンゴ等で参加しているが、コメント欄の評判もすこぶる良い。中沢さんは、素人の私が聴いても最上級のドラマーだと思う。

 


www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へんろ日記 3

前回(11月2日アップの「へんろ日記 2」)の続きです。

 

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10月28日(土)(雨)(2017年/平成29年)

<6日目 徳島市二軒屋町→勝浦町

 

4:40 ビジネスホテル出発 1日目から5日目までは天候に恵まれ、全て晴れだったが、台風22号が四国に接近しており、その影響で徳島県も、日付が変わった頃から雨が降り始めた。

 

今日は一日雨中歩行となりそうなので、少しでも早く今日の宿(勝浦町の民宿 K亭)へ到着したくて、ホテルの朝食をキャンセルして早朝出発した。

 

今日の雨対応はどうしようかと迷った末、一日折り畳みの携帯傘のみで通した。頭はビニール付きの網笠でザックは雨カバーをしているので、傘はさんや袋と身体の前方を守るように置く。この恰好で歩けば、背中はほとんど濡れない。ズボンは短パンなので足元が濡れるのは気にならない。

 

このスタイルだと歩いていても涼しくて快調である。そして何よりの利点は、雨具着脱の手間が省けること、即ちその分時間が稼げることだ。上下セパレートタイプ雨具のように、内側がむれて自分の汗でビショビショになるという不快な思いをせずにすむ。

 

ホテルを出た頃はまだ暗かったので、懐中電灯を照らしながら歩いたが、国道55号へ出ると灯りは十分で、懐中電灯も不要となった。

 

6:50 18番恩山寺着 境内には、大師の立像の両側には、何百体もの仏様の像が設置されており、早朝の雨のお寺の雰囲気に馴染み心癒される。

 

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恩山寺の参拝を済ませて、山門を出たところで、アスファルト道路の雨水桝上のグレーティング(格子状柵)に足を滑らせて転倒した。右膝を打ち血とか白いものが出て、外見ではとても重症に見えたが、痛くはなく歩行にも支障なかったので、そのまま手当もせずに、へんろを続行した。

 

8:00 19番 立江寺着 立江寺の周りは民家が密集し門前町を形成している。お寺も16番観音寺のような街中のお寺と言った趣きがある。

 

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   本堂内の[賓頭盧(びんずる)像] (釈迦の弟子十六羅漢の第一)

 

9:55 勝浦川沿いの県道16号に出たところのコンビニに立ち寄る。店のイートインでおでんとホットミルクティを買って飲食する。雨の中を歩いてきたので、冷えた身体が温まり一息つく。

 

たまたまイートインしていた64才の野宿へんろが、私の足のけがを見て、医者に診てもらった方が良いと言う。今夜泊まるK 亭に電話して、この近くの病院を教えてもらう。病院はK亭から更に30分程行った所で、今日は土曜日だが、そこは町立の救急病院なので、診てくれるそうだ。

 

10:35 雨の中病院に向かって歩いていると、心配したK亭のおかみさんが車で迎えに来てくれた。折角のご厚意ではあるが、へんろの途中なので、歩きを中断することはできないと、鄭重に乗車をお断りして歩行を続行する。(へんろを中断すると、再開する時はその地点まで戻らねばならない。)

 

11:15 K亭近くの道の駅まで来た時、雨が本降りとなり、雨具を付けようかと降りしきる雨の道端に佇んでいたら、車の若い男女が声をかけてくれ、病院まで送ってくれると言う。K亭までの距離は歩いたので、お言葉に甘えて運んでもらうこととする。

 

11:30 勝浦病院 病院の待合室で怪我の様子を観察すると、外見上は派手に出血しているが痛くはない。

 

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本日の担当医は内科の先生ではあったが、傷口を4針縫ってくれた。田舎の病院なので軽度のことは何でも対応するのであろう。ボソボソと独り言を言いながら治療してくれる人の良さそうな先生だった。 

 

13:30 K亭のご主人が車で迎えに来てくれ、K亭着。台風が到来しているので、K亭には2連泊する予定。

ご主人自らが作った自慢の岩風呂には、足の怪我で入ることができなかった。

 

6日目の歩数 44600歩  歩行距離 29.0㎞

 

 

10月29日(日)(雨 台風22号

<7日目 勝浦町 K 亭 滞留>

 

本日は台風が通過するまで、歩行を中止してK亭に滞留することとする。

 

K亭には、初回のへんろ旅の時も、台風と重なり大変お世話になった。 四国を一周した後、その時のお礼が言いたくて、バスに乗ってK亭を再訪したくらいだ。

 

(その時の経緯については、本ブログの2020年12月11付け「にっぽん縦断こころ旅」の後半に記載していますので、一読下さい。 )

 

K亭のご主人は、前回来た時は癌の治療中で、どことなく暗い感じがしたが、今回凄く元気だったので安心した。 ご主人曰く「自分本位に考えていたものが、生かされていると悟ったことで、病気も病院治療せずに奇跡的に良くなった。」

 

このご主人、県警のテレビコマーシャルに出演したり、鶴林寺へのへんろ道上に竹のベンチを作って新聞に載ったりと、地元では有名人だ。 その他尺八や岩風呂を作ったり、星の岩屋というところへ2年半通って、岩壁に摩崖仏不動明王を彫り込んだりと、ただものではない人物だ。

 

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             ご主人の彫った不動明王

 

朝食時にご主人が、雨が降ると見栄えがするという「灌頂(かんちょう)ヶ滝」を見に行こうと言う。 台風による強風は吹いていないものの外は大雨だ。 余り気は進まなかったが、折角のお誘いだったので、同宿のへんろと車で連れて行ってもらう。 

 

県道16号を西へ15㎞ほど山道を車で登った所から滝が遠望できた。 ここは20番鶴林寺奥の院「慈眼寺」の近くだ。 「灌頂」とは水行のことで、その昔、弘法太子がこの滝で修行したことから、この名前が付いたという。

 

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余り期待していなかっただけに、一目見てその高さ(70m)と美しさに驚いた。 華厳の滝那智の滝かと思えるほど立派な滝だった。 雨にけぶる姿も良かった。 ご主人も、いつもは水が少なく、これだけの水が落ちているのを見るのは始めてだと言っていた。

 

帰りに病院に寄って、看護婦さんが傷口の確認と傷口パットの交換をしてくれた。可愛い娘さんだったが、「化膿の進行が心配なので、明日も外科医に診てもらった方がよい」と脅かされる。

 

昼食は宿のおかみさんの案内で、道の駅のうどん屋さんに行った。

 

 

10月30日(月)(晴)

<8日目 勝浦町→22番平等寺

 

6:00 ご主人はバスの運転のアルバイトで出勤、今回も色々お世話になった礼を言って別れた。

 

6:45 K亭出発、おかみさんから、遍路の接待として昼食のおにぎりとバナナを頂く。台風も昨日中に通過し、明け方は曇っていたが次第に晴れてくる。

 

登り始めて20分位のところに、昨日聞いたK亭のご主人が作ったという竹のベンチを発見する。

 

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今日参拝予定の20番鶴林寺と21番太龍寺は、何れも山の頂上にあって、その登りは急でへんろ道としては、二番目の「へんろ転がし」(最初は焼山寺への登り)とされている。

 

私は初回のへんろの時、この鶴林寺への登りには大変苦しめられ、山頂近くの急な登りでは、10歩登ってハーハーして休むということを繰り返した。四国の全工程中一番キツイと感じていた。

 

前回あれだけ苦しんだ山道も、今回はそれほど苦しまずに登れた。途中那賀川を見晴らせるところでも、「きれいで気持ち良いな」と感じる余裕があった。

 

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8:10 20番 鶴林寺着 ここから那賀川までの急な下りは、前回30分で駆け下ったが、今回は昨日の雨で登山道が濡れていて、滑らないように細心の注意を払いながら下山したので、55分かかった。

 

9:20 那賀川へんろ休憩所 鶴林寺太龍寺の中間の那賀川左岸にある休憩所で、初回の時はへんろ接待用に段ボール一箱のみかんが置かれていたが今回は無かった。

 

11:10 21番 太龍寺着 21番への登りも、初回へんろの時より苦しまずに登れた。ここへの途中から、冷たい風が吹くようになり、山頂にある太龍寺はとても寒くて、昼食は下山して食べることとする。

 

12:25 十三亀の塔 山を下りたところにこの塔がある。13匹の亀が背中に乗って塔を築いている。名前の下に「不老長寿 無病息災 財運を招く縁起の良い塔」と彫られている。

ここは、初回のへんろの時、K亭のご主人から預けたザックを受け取った所だ。

 

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下山してもまだ寒く、宿を出た時は、半袖のTシャツに短パンの姿だったが、長袖シャツ、ヤッケなど防風防寒着を着て、K亭おかみさんが作ってくれたおにぎりとバナナを立ったままで食べる。

 

13:10 阿瀬比 ここから22番平等寺へはへんろ道の山道となるが、前回この峠道で大変辛い思いをしたので、峠道を迂回する県道経由を取ることとする。

 

14:05 阿南山口郵便局 昨日K亭で書いた友人への手紙の重量を量ってもらい、投函した。

 

14:55 本日泊まる民宿Sへ到着、

 

15:00 22番 平等寺 宿へ荷を預けて参拝

 

民宿Sは、初回台風で連泊した宿だ。設備は良く、おばちゃんは働き者で、食事も美味しく良い宿だ。洗濯は接待ということで無料だった。有難い。

 

8日目の歩数 45800歩  歩行距離 29.7㎞ 

 

 

             ー続く(非定期)ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月25日~11月9日

世の中の動きとしては、10月31日に衆議院選挙が行われ、日本国民は現状の保守体制(自公政権)を選んだ。野党は敗北し議席数を減らし、野党第一党の党首は責任を取って辞任することとなった。

 

コロナ新規感染者は、11月8日は国内合計107人、東京都18人と8月の第5波のピーク時国内16000人弱、東京都5500人強と比べると信じられないほど劇的に減少している。

 

宣言も解除されて1ヶ月以上となり、飲食店も通常営業に戻っている。街中の人出も増えた。テレビの街行く人の映像からは、今迄自粛してきた抑圧から解放されたような表情が見て取れる。 

 

海外に目を転じると、ワクチン接種が進み一時感染者が減ったことで制限を解除したドイツ、イギリスで感染が再拡大しフランス、韓国でも同様の兆候が見られる。

 

わが国がこれらの国の二の舞にならなければよいが・・・

 

<私のトピックス>

10月25日(月 )

(ガスコンロ)

台所の3台のガスコンロの内1台が点火しなくなり、グリルのアラームランプが点灯してアラーム音が常時発せられるようになった。

 

取説を見ても解らず、購入したガス会社に電話して点検してもらったが、解決しない。コンロメーカーの技術者に来てもらうこととなったが、早くて29日という。

 

幸い2台のコンロとグリルは異状なかったので、料理はいつものようにできた。

 

その間アラームは鳴りっぱなしなので、コンロを使わない時は、点火用及びリレー電源の電池をその都度外すことにする。

 

29日17時にメーカー技術者到着 、早速上部パネルを取り外して内部の点検に取りかかる。最近のコンロは自動消火となっているので、リレー回路がやたらと組み込まれている。

 

しばらく点検していた技術者さんが、リレーの一部に煮こぼれた液が内部に染み込んで、その部分がショートしているようだと言う。その部分をティッシュで拭いて作動してみると、点火しなかったコンロの火が付いた。

 

「根本的に修理するには、リレーを新しい部品と交換する必要があるが、これで様子を見ましょう。また同様の不具合が生じたら、その時部品を交換しましょう」と技術者さんが言う。それに従う。

 

本日の修理は、パネルを開けてリレーをティッシュで拭いただけだったので、費用も6000円と安く済んだ。

 

それにしても、昔であればコンロが点火しないと言えば、ガスノズルの詰まり等の単純な原因がほとんどであったが、今はあらゆるものに、マイコン、リレーが組み込まれているので、修理も複雑になっている。便利なようで一面不便でもある。

 

10月27日(水)

(脳内神経科退院後の定期健診)

退院後9か月になるが、ボーっとした感じ(特に起床直後)は改善されない。前回主治医に状況説明したが、「脳梗塞だからね。後遺症でしょう」と軽く言われたので、今回は状況については「前回と同じです。」としか言わなかった。血液検査は、前回とほとんど変わらず、薬も今までと同じ。

 

10月28日、11月4日(木)

(SHテニスサークルの練習会)

SHサークルの練習は、クレーコートテニス場で行っているため、前日や当日の未明に雨が降るとコート不良で中止になる。10月も2回中止となったが、珍しく3週続けて晴れとなり、テニスができた。

 

春の桜の頃と、秋の今頃は、テニスのベストシーズンだ。秋空の下テニスで身体を動かすことは、実に気持ちが良い。仲間とテニスできることを感謝し、幸せな気分となる。

 

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10月29日、11月5日(金)

(リハビリセンター)

ボーっとした感じやフラツキが改善されないと、理学療法士のMさんに相談したら、バランスの訓練を多くとりいれてくれるようになった。その効果を期待したい。

 

言語聴覚士の I さんから、私の発語明瞭度(1.0から5.0までの5段階評価 1.0:普通 5.0:発語が理解できない)は、1.0で普通の人と変わらないといわれた。リハビリセンターに通い始めた時に、1.5と言われたので、9か月の言語リハビリで改善されたのか?

 

I さんから「これからも言語のリハビリ続けますか?」と訊かれたので、腹式呼吸や呼気発声訓練は続けたいと答えた。

 

毎週金曜日の午前中、3時間みっちりトレーニングして汗をかくと、爽快な気持ちになって、しばらくの間、ボーっとした感じやフラツキは感じない。この状態が終日続いてくれたら、病気も完治したと言えるのだろう。

 

11月月7日(日)

(八王子)

前夜のNHKラジオ深夜便で、渋谷のNHK近くのイチョウが黄色く色づいて綺麗だったと担当アナウンサーが言っていた。それを聞いて「では八王子の国道20号甲州街道)沿いのイチョウ並木も色づいたかな?明日にでも確かめに行ってみよう」と思いたった。

 

前日まで快晴の良い天気が続いていたが、この日は朝から曇り空、9:30に自宅を出発、八王子の20号に出て、高尾方面に車を走らせる。西八王子から高尾辺りまでの20号は両側にりっぱなイチョウ並木が続く。黄色く色づいたイチョウもあるが、まだ所々緑の木もあり、全体が黄色く染まり黄金色に輝く見ごろは1~2週間先と思われた。

 

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近くに「武蔵陵墓地」があるので、寄ってみた。ここへは昭和天皇崩御される直前(昭和63年)に連れ合いと来て以来だから、33年振りだ。当時は「多摩御陵」と言っていたと思う。

 

大正天皇、皇后、昭和天皇、皇后の計4基の上円下方墳が整備され、参拝者も少ないので、厳かで落ち着いた雰囲気を味わえる。ここの楓もまだ紅葉していなかった。

 

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          昭和天皇武蔵野陵(むさしののみささぎ)

 

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今回もおまけでこの時期にピッタリの動画を追加掲載します。

 

<色づく街>

元祖アイドルの南沙織(シンシア)さんの曲で、1973年にリリースされた。その年の紅白にもこの曲で出場している。

 

作詞:有馬三恵子  作曲:筒美京平  歌唱:南沙織

 

いまもあなたが好き

まぶしいおもいでなの

あの日別れた駅に立たずみ

ああ青い枯葉かんでみたの

街は色づくのに

会いたい人はこない

母に甘えて打ち明けるには

あゝ少し大人過ぎるみたい

愛のかけら抱きしめながら

誰もみんな女になる気がするの

さよならはその日のしるしね

 

人に押されて歩く夕暮れ

あゝあなただけがそこにいない

愛のかけら抱きしめながら

誰もみんな女になる気がするの

さよならはその日のしるしね

街は色づくのに

会いたい人はこない

人のやさしさ 人のぬくもり

あゝ通り過ぎてわかるものね

 


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