昨年の9月23日に続き「寺井尚子さん」の2回目です。今回は秋の夜長に聴くには打って付けの2曲を紹介します。
私が始めてこの曲を知ったのは数年前で、レイモン・ルフェーブルが演奏したものだった。この時は、ルフェーブル演奏の、他の華やかで華麗な曲(シバの女王とか)と合わせて聴いたこともあってか、地味で暗いイメージでしかなかった。
昨年、YouTubeで寺井尚子さんに出会い、彼女の演奏している「リベルタンゴ」他色々な曲を聴いたが、その中に、このアヴェ・マリアがあり、これを聴いて心打たれた。
寺井尚子(Naoko Terai) Ave Maria /Caccini ( Vavilov )
私はその印象を昨年のブログに、「これは、腸(はらわた)の底に染み渡る演奏だ。
一本のヴァイオリンがこんなにも奥深い世界を表現できることに感嘆した。彼女のヴァイオリンの音色は、凄く太いと感ずる。」と書いた。
今でもその思いは同じだ。更に付け加えるなら、寺井さんの演奏は、哀愁を帯びたメロデイでありながら、味覚に譬えると濃縮されたコクのある音色と感じる。その後、クラシック演奏家(高嶋ちさ子さん、奥村愛さん、高松あいさん)のものも何曲か聴いてみたが、やはり寺井さんのこの演奏が、この曲には一番似合っていると思う。
上記の動画は、2011年4月にアップされたもので、視聴回数は100万回を超え、コメントも171件寄せられている。その中に私も共感したのがあったので、4件紹介する。
・TiNa RoLLen さん
「この動画を聴くために、この音色と出会うために、私は今までYouTubeを利用してきたのかもしれない。私の人生を止めた約5分間のこの音の空間、言葉にできないですが、すごく幸せな?悲しい?とても不思議な気持ちが芽生えて何度でも聴きたい・・」
・花劇紫草さん
「重厚且つ美しく神々しく感じます。正に魂を揺さぶられる演奏・・・」
・TaPas さん
「彼女の奏でる音は、極めて中毒性のある歓喜、快楽、恍惚・・・」
・masa621000 さん
「・・・寺井さんの弦音は、重音が特徴であり、野太い音色、特に低音域になるとがぜん光ります。・・・繊細に美しく奏でるよりも、オルガンのような分厚い音色で奏でる寺井尚子のアベマリアは、他にない魅力があるように思いました。」
皆さん熱くコメントしている。
さて、このアヴェ・マリアは、シューベルト、グノーと並んで、世界三大アヴェ・マリアの一つとして知られ、今では世界中で演奏されているが、実はカッチーニの作品ではなく、ヴァヴィロフという人が作曲したという説が有力で定説になりつつある。
カッチーニは16~17世紀のバロック音楽初期の作曲家であるのに対し、ヴァヴィロフは20世紀の旧ソ連の無名の作曲家だ。自分の名前では作品が世に出ないと考え、200年以上も昔の、カッチーニ未発表の楽譜を発見したということにして発表したらしい。
ヴァヴィロフは生活に困窮し、この曲が世界的に有名となる前に、真相を語らず、すい臓がんで亡くなったそうだ。自分の曲を世に広めるという彼の願いは叶ったのだが、曲名に「ヴァヴィロフのアヴェ・マリア」と自分の名前が冠されていないのは、なんとも可哀そうな気がする。
最近では、作曲者としてカッチーニの横にカッコで(ヴァヴィロフ)と併記されることも多くなってきた。寺井尚子さんの動画もそうなっている。
2. 「出会い」
この動画は、YEBIS BAR JAZZ シリーズ ①~⑧の一番最初のもの。寺井尚子さんのファーストアルバムに収録されている「出会い」という曲を、彼女のクインッテットが演奏したものだ。
ジャズバーでお酒を頂きながら、こんな演奏を生で聴けるとしたら、なんと贅沢なことだろう。
ピアノとベースの序奏の後、哀愁のあるヴァイオリンの長音は、カッチーニのアヴェ・マリアとは異なる音色ながら、聴く者を一気に寺井尚子の世界へ引き込んでしまう。ヴァイオリンの音色が、じわじわと身体の中に染み込んできて心地よい。
寺井さんのヴァイオリンを引き継いだ北島直樹さんのピアノソロも秀逸だ。静かに柔らかく夜の静寂(しじま)に消え入りそうな奏法に心打たれる。
そして何といっても、ベースのジャンボ小野さんが、実に良い味を出している。北島さんのソロ演奏の時の、ピアノに合わせるベースの音色がたまらなく良い。寺井さんも首を軽く振り、ピアノ、ベース音に浸りながら聴き入っている。
その後、再び寺井さのソロ演奏となっで締めるのであるが、この曲及び演奏は、成熟した大人の音楽と感じた。秋の夜長を幸せな気分で過ごせる。